08




 2日後の夕方、野田組本家に訪問者が現れた。その場に全くもってそぐわないカジュアルな服装の少年は、出迎えた組員に対して『組長に挨拶がしたい』とだけ伝えた。
 当然、そんなことはできないと言われたが、それでも引かない。

 そこに現れたのが、五代目野田組組長、本人だった。


「く、組長!」

「なにしとるんじゃ。客人を早く通せ」

「へ、へい!」


 そうして、本家の中へと通されたその少年は組長と向かい合って美しく正座し、その目は恐れることなくまっすぐに組長の目を見ていた。


「わしに話があるそうじゃな?」

「はい。突然の訪問、申し訳ありません」


 その部屋の隣に、清次によって引っ張ってこられた狼。


「……なんだよ」

「若、シーッ! 静かにっ」

「あぁ……?」


 襖越しに聞こえてくる話し声。声を聞くだけですぐに誰がいるのか分かった。


「リン……? なんでここに?」

「リンさんっていうんですかぃ? 先ほど組長に話があるってんで、来られたんでさぁ」

「話……?」


 狼は襖の向こうの声に、神経を集中させた。


「俺、お孫さんの友達でリンといいます。今日はどうしてもお伝えしておきたいことがあるので来ました」

「何じゃ?」

「お孫さんの命を、俺に下さい」

「……何じゃと?」


 組長は突然何を言い出すのかと、驚いた。襖の向こうで聞いている狼や清次も同様である。


「俺の……命……?」

「俺はあいつとチームを作るつもりです。当然、あいつが危険な目に遭ったり、先日のように突然刺されたりなんかすることもあるかもしれません。それでも俺は、あいつと組みたい」

「あいつは次期組長になる男じゃ。命をくれなどと、そうやすやすと許しはせん」

「……お願いします」


 リンは頭を下げた。狼にはそれは見えないが、気配で分かった。
 自分のために、ヤクザの本拠地にまで来て、組長に直接頭を下げてくれるなんて。目頭が熱くなった。


「……清次、彫り師を呼べ」

「へい、分かりやした」


 清次はサッと立ち上がり、その場から離れた。狼もそれに続いた。

 襖の向こうでは、まだリンが頭を下げ続けていた。


「……なんての。頭を上げなさい」

「……?」

「わしは『お前さんのことを知っとる』よ。お前さんの側にいて怪我をしたなら狼の不注意か、勝手に暴走したかじゃ」

「……もし、本当にお孫さんが大怪我を負ったとしても、俺はエンコ詰めなんかしませんよ?」

「ぶあっはっはっ! 本当に言いたかったのはそれじゃな?」

「はい」


 リンはにっこり笑った。


「『噂』と違って憎めん奴じゃのぅ。根性も座っとる。うちの組に入らんか?」

「俺が野田組に入るなんて滅相もありませんよ」

「謙遜なんぞせんでよい。それとも……『引き抜き』は駄目なんかの?」


 組長を纏う雰囲気がスッと重いものへと変わった。眼光は鋭く、その目で見られるだけで射抜かれてしまいそうなほどである。
 それに対するリンの表情に怯えは全くない。その代わりに年相応ではない妖艶な笑みが浮かぶ。


「……えぇ、許されません。たとえ『僕』がそれを望んだとしても、ね」

「惜しいのぅ。こんな逸材には滅多に出会えん。孫のそばにずっとおってもらいたいもんじゃが……」

「そのように思っていただけて光栄です」

「さっきの話じゃが、お前さんの側におって孫が怪我することはなかろうて。指もいらん」


 先程までの剣呑な雰囲気は何処へやら。2人共、柔らかく微笑んだ。


「それならよかった」

「晩飯でも食べていけ。なんなら泊まっていくといい。わしからも少し話がある」


 そこで清次が2人がいる部屋に入り、話に割り込んだ。


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