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「じゃあ、俺、帰るわ」
「あ、うん」
俺は鞄を手に取り、椅子から立ち上がった。
「あのさ、隆さん。明日からもう来ないで?」
「明日?」
「うん。明日。だから、最後に……隆さんのこと抱きしめさせて」
「さ……。……おぅ」
『最後とか言うなよ』
という言葉を飲み込んだ。なぜか、言ってはいけない気がした。
もう一度鞄を置き、椅子に座って、ベッドに座るサトシの胸に身体を預けた。
「隆さん、キス……していいかな?」
ドクンっと心臓が鳴る。年甲斐もなく緊張してしまう俺。しかも相手は一回りも年下のガキ。
「聞くなよ」
身体を離され、頬と耳にそっと手が添えられた。サトシの顔を見る。妙に大人びた表情にまた心臓が鳴る。
少しだけ頭を右に倒し、少しだけ顔を近づける。サトシの唇に目線が行く。リードされてキスをするなんて、初めての体験だと、少しおかしくなった。
サトシの顔が近づく。俺は目を閉じた。すぐに唇が触れる。触れるだけのキスに満たされるような感覚を覚えた。
「……バイバイ、隆さん」
「おぅ、じゃあな」
そのまま振り返りもせず、病室を出た。これが最期になると、なんとなく感じていた。
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