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那央が実家に戻ってすぐに、俺は竹下さんに電話をかけた。はっきり言って一生分の勇気をそこで使い果たしたんじゃないかってくらいに、通話ボタンを押すのに躊躇した。
呼び出し音がなる間に胃がキリキリどころかギリギリ軋むように痛んで、手があり得ないくらいに震えて、何を話すかシミュレーションしたはずなのに、土壇場で忘れて……とにかく散々だった。
「お待たせ。ごめん、ちょっと遅れちゃったね」
「いやいやそんな! 迎えに来て下さってありがとうございます」
「車の方が行きやすいから。それじゃ、乗って」
「はい。お願いします」
奢ると約束した焼肉に誘うと、竹下さんの行きたいお店に車で連れて行ってもらうことになった。具合を悪くしてお世話になった時のお礼のつもりでいるのに、結局送り迎えをしてもらうことになってしまってはお礼にならないとは思ったのだけれど。車で行こうと言う竹下さんに、最終的に甘えることにした。
高校の頃、竹下さんは学校の近くまで女性に車で送ってもらったり、迎えに来てもらってたりしていた。どうやら電車があまり好きではないらしいと知ったのは、いつだっただろう。俺はその車を運転する女性が、竹下さんを男として愛さないことをいつも願っていた。
それが今や俺自身が竹下さんに車で迎えに来てもらうことになるとは。人生って何があるか分からない。
お店に着いて中に入ると、三十代後半くらいの綺麗な女性が笑顔で迎えてくれた。
「いらっしゃいませー、って竹下くんじゃん!」
「早速来ちゃいました」
「えー! ありがとうありがとう! そっちの子は?」
「後輩の雪田です」
「君がユキちゃんかー! ほんとに連れて来てくれたんだ」
「サービスしてくれるって約束だったでしょ?」
「もちろんサービスしちゃうよ! じゃあ奥の座敷空いてるからどうぞー」
「お。座敷ですか」
「ええ、座敷ですよ。大丈夫大丈夫。隠しカメラとかはないから」
「わざわざ言うあたり、逆に怪しいですよ」
何が起こっている?
竹下さんが女性と仲良く談笑?
……あり得ない。あの竹下さんが、女性と友好的に会話するなんて。
……まさか。竹下さんの好きな人って、この人?
そう思わない方が難しかった。
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