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「まだ寝てんのかー?」
少し重たい空気をかき消すような勢いで、霧島さんが襖を開けた。
「お。なんだ起きてんじゃん。三木さんのお母さんが朝メシ作ってくれてるから、そこの2人も起こしてキッチンに来い。ここ出て左だぞ」
「はい、了解っす」
「俺は今から三木さんを呼びに行くけど、小野さんも一緒だよな?」
「うん。昨日、三木さんの部屋で寝るって布団運んでたから。あ、入る前に絶対ノックしろよ。絶対だぞ」
「わーってるよ。先輩にそんな失礼なことしねーよ」
そう言いながら霧島さんは三木さんの部屋があるらしい2階に上がって行った。俺は心の中で『ほんとかよ』と思いつつもあえてそれを口にしなかったが、竹下さんは『嘘つけよ』と言ったので、霧島さんについては竹下さんと同じ認識をしているのだと知る。
「じゃあ、そこの2人起こすか」
竹下さんは立ち上がって自分が寝ていた敷き布団を3つ折りにし、その上に綺麗に畳んだ薄い掛け布団と枕を乗せた。俺も慌ててそれに倣う。
「俺が2人起こすから、雪田はじゅんぺーが寝るはずだった分の布団も畳んでくれる?」
「あ、はい!」
そうか。霧島さんはやっぱりここで寝ていないのか。道理で布団が綺麗なままだと……というか、あれだけの女性がいて、霧島さんが『霧島さん式恋愛の作法』を行っていない訳がない。
そんなことを考えながら布団を畳んでいると、竹下さんの『メシだぞ、起きろー』という声と、『ぐえっ』という奇妙な声が聞こえた。見ると、さっきまで布団の上で寝ていたはずのモトが畳の上に転がっていた。
「お前もさっさと起きろー」
竹下さんはそう声を掛けながら、ニーナが寝ている敷き布団を容赦無く引っ張り上げて、ニーナが畳の上に転がり落ちた。モトもそうやって起こされたんだろうと察する。
「何だよもー!」
寝起きの悪いニーナが不機嫌に声を荒げたが、竹下さんの方がやっぱり上手で。
「何だよじゃねーよ」
ニーナと一緒に落ちた枕を蹴って、ニーナの顔にヒットさせた。なんというスパルタな起こし方。俺が竹下さんの部屋に泊めてもらった時はあんなに優しく起こしてくれたのに。まさか体調が悪くなければああなっていたんだろうか?
「……あ、竹下さん。おはようございます」
「起こして下さってありがとうございます」
「はいはい、おはよう。メシ食いに行くぞ」
パパッと2人の布団も畳み終えた竹下さんが次に発した声は、さっきまでとは全然違っていて。なんだか俺は妙な気分になる。
「雪田、布団畳めた? じゃあ行こっか?」
竹下さんが俺にだけ特別に優しいんじゃないかって勘違いしそうになるほど、それは甘い声で、柔らかい口調だった。
もしも本当に昨晩俺が竹下さんに『好き』と言っていたとして。今朝、恋愛感情としての『好き』なのだと言っていたら。竹下さんは、何て答えてくれたんだろう……?
そう考えて、気が付いた。
竹下さんに好きな人ができたからって、俺の片想いが終わるわけじゃない。そうだ。俺の気持ちを竹下さんに伝えない限り、終わったりはしないのだ。
望みがないのは初めから分かっていた。最近は少し欲張りになっていたけれど、元々竹下さんは手の届かないような人なんだから。俺はこのままずっと、自分の気持ちを隠したまま、竹下さんの後輩としてそばにいる道を選べばいい。
高校時代を思い返してみろ。俺は今、あの頃の俺の何百倍も何千倍も幸せ者だぞ。だから、いいんだ。このままで。
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