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霧島さんに連れられて、座敷に上がってきた竹下さんと一瞬目が合った気がした。
「えっ、こっち見てる? やばい、あたし声かけちゃおっかなぁ?」
「え、ああ、いいんじゃないすかね」
たぶんあなたを見た訳じゃないと思いますけど。まあ俺も同じ勘違いをしちゃってたので、何も言えない。
「どこでも好きなとこ座れよ」
「おー」
霧島さんに促されて、竹下さんが返事をした。俺は竹下さんを意識していると気取られたくなくて、ビールの入ったグラスを手に、近くに立ててあったメニューを眺める。これで次に何を飲むか考えてるように見えるはずだ。一番端に座ってて良かった。
「そこどいて?」
「は?」
「その席、代われよ」
そのやり取りに思わず顔を上げると、竹下さんが交渉していたのは、俺の隣にいた女性だった。そういえば、竹下さんはいつも端の席に座ってた。
「竹下さん、俺の席で良かったら代わりますよ」
「座りたいのはそこじゃねぇよ。さっさとどけ。邪魔」
「何なの、意味分かんない」
女性は苛立った様子で席を立った。すぐに霧島さんがフォローに回ったから大丈夫だとは思うけど。竹下さんは全く気にもしてないみたいで、普通に笑顔で挨拶なんてものをしてくれる。
「久しぶりだね」
「えー、あ、そうっすね。お久しぶりっす」
機嫌が悪いのかと思ったけど、そんなことなさそう。竹下さん、何でわざわざそこに座ったんすか? もしかして、俺の隣に座りたいと、思ってくれたんすか? ……なんて、あり得ないことを考えてしまう。
期待はするな。俺と竹下さんが同じ気持ちになることはないんだから。
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