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「れお……?」


 雪田の目にどんどん涙が溜まっていく。それでも雪田はじっと俺を見つめていた。きっと今、考えてくれているんだろう。だから俺も目を逸らすことなく、できる限りの優しそうに見える表情を心掛けた。
 溜まった涙が零れて流れ落ちた時、ついに雪田が口を開いた。


「分かんないっす。分かんない……全然。竹下さんといる未来なんか、想像もできないっす……! だって俺、ただ見てただけで。竹下さんと話せるようになっただけでも信じられないくらいで……! なのにそんな十年後とか、だって……そんな夢みたいなこと、俺なんかが想像しても……」

「れお。俺そんないい奴じゃないよ? 最低なことしてきてるし、俺の方が、れおには相応しくないんだよ」

「そんなことないっす。俺、何も知らない訳じゃないっすよ。ほんとに竹下さんのことずっと見てきたし、高校で一緒になる前から、ほんとは知ってたんす。話に聞いてただけで、それが竹下さんと結び付いたのは高校に入ってからっすけど。だから、竹下さんが最低なことをしてきたっていうのが理由あってのことだって、俺は思ってるっす」

「話に、聞いてたって。誰に?」

「……竹下さんのお義母さんです。俺ん家が美容院で、竹下さんのお義母さんが常連さんで……義理の息子を好きになったという話を、俺は何度か聞いてるんです」


 何てことを言うんだろう。あの女は。よりにもよって、俺と年の近い男の子に。……いや、だからこそ言ったのかもしれない。あの女は無神経で、いつだって自分のことばっかりで、それを聞かされた相手の気持ちなんか考えることもしなかっただろう。
 そういう自己中心的なところはよく似てる。血なんかこれっぽっちも繋がっちゃいないけど。嫌悪感で反吐が出そう。


「ごめんね。嫌な気持ちになったでしょ」

「……最初は他人事で、とりあえず頷いて聞いてる振りしてただけだったんす。でも、高校に入って、一度電車で見たことのある竹下さんのことが、俺は忘れられずにいつも気になってて……ずっと竹下さんを目で追ってたら、たまたま竹下さんの下の名前を知る機会があって。そこで、ああこの人が……って分かって。そしたら余計に気になって、もうほんとにおかしいくらい竹下さんのことばっかり考えてて、思ったんす。探してるのかなって。『お母さん』みたいな人を……竹下さんを『子供』にしてくれる女性を、竹下さんをそういう意味で好きにはならない人を探してるんじゃないかって。……俺の勝手な想像なんすけど」


 なんだそれ。

 恥ずかしい。そういう気持ちがまず浮かんだ。好きな子に……雪田に、俺ってそんな風に見られてたんだ。『お母さん』を求めてたくさんの女とヤッてたって?
 そんなんじゃない。そんなじゃないはず。だって……俺は……。

 失望、してた。一回りも二回りも年下の男にセックスをねだる女に。女なんか馬鹿ばかりだと結論付けて、見下してた。
 俺の取り繕った言葉にも気付かずに化粧品臭い身体で擦り寄ってくる女ばかり。結局は、俺の表面しか見てないんだと、顔しか興味がないんだと……俺は、そうだ。がっかりしてたんだ。


「そんなんじゃ、ないよ。そんな理由なんてない。俺はただ家に帰りたくなくて、ついでに金も欲しくて、金持ってそうなババアと寝てただけ。最低でしょ? れおが思ってることは、ハズレだよ」

「俺、竹下さんといる時はいつも緊張してテンパってて、ほとんど竹下さんの顔なんて見れないんすけど、今の言葉が嘘だってことくらいは顔見なくったって分かるっすよ」


 雪田はボロボロ零れる涙を袖で拭いながら、そう言った。そして、俺の顔をまっすぐに見て、また辛そうに顔を歪めると両目からたくさん涙を流した。


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