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 ぎゅっ、と握り締められた手が痛々しい。きっと手のひらに爪が食い込んで、痕が付いてしまうくらいに力が入っているだろう。
 今すぐあの手を包んで、撫でてあげられたらいいのに。気持ち悪くなんてない、俺も好きだよって言いたい。ずっと触れたかった雪田を力いっぱい抱きしめたい。

 だけど、そんな俺のエゴで、今だけ都合のいいことをするわけにはいかない。まだ、言っちゃいけない。


「れおは、俺と付き合いたいって真剣に考えたことある?」


 下を向いたままの雪田の肩が微かにビクンと動いた。


「付き、合いたい……とは、あの……考えたことは、ないっす」


 俺にどう思われるか考えながら慎重に言葉を選んでいる感じがする。今後、先輩と後輩という関係に戻るために、肝心なことは言わないつもりだろうか。
 さっきだって『好き』という言葉を雪田は使わなかった。


「じゃあ、今、考えてみてよ。俺と付き合ったとして、れおはどう感じる? 嬉しい? 幸せだと思う?」


 駄目だ。俺の方こそ言葉をもっと選ぶべきだ。今のは少し責めるような言い方になったかもしれない。それか、からかってるとでも思われたら最悪だ。
 正直、めちゃくちゃ焦ってる。早く早く、俺のことが好きだと言って。雪田の心ごと自分のものにしてもいいんだって思えるような、決定的な言葉が聞きたい。


「何でそんな……そんなこと考えたって仕方ないじゃないすか。考えたって実現するわけじゃないし」

「一度ちゃんと考えてみて欲しいんだ。俺と付き合うことが、本当にれおにとっての幸せになる?」

「……え、ど、ういうことっすか? 俺が幸せだって言ったら、竹下さんは、俺と、付き合ってくれるんすか?」


 やっと顔を上げた雪田の目は、今にも泣き出しそうで、表情は混乱して訳が分からないと思っているのがストレートに伝わるような、ひどく情けないもので。
 それがこの上なく可愛いと感じる俺はやっぱり、雪田のことが大好きで。


「今は学生だから、きっと分かってないことの方が多くて、想像したって結局、現実とは程遠いとは思うんだけど。それでも考えてみて欲しい。数年後……社会人になって、世界が広がっても、俺のことを好きでい続けられる? 友達とか周りの人間が結婚して子供を持つようになっても、俺と一緒にいられる? ご両親に、俺とのことを打ち明けられる? 十年後、二十年後、俺といる未来がれおには想像できる? その未来まで全部ひっくるめて、幸せだって断言できる?」


 後悔だけはさせたくないんだよ。俺と過ごしたことを、無駄なことをしたとか、そうじゃなきゃ違う未来があったのになんて、思わせたくないんだ。
 だから、そんなことになるくらいなら最初から俺は雪田の気持ちを受け入れない。俺のことを忘れて、普通の恋愛を今からでもして欲しい。……本音を言えば、無理矢理にでも今手に入れてしまいたいけれど。

 だって、雪田の好きな人が俺だったなんて。そんなの奇跡だろ。雪田みたいないい子が、自分の幸せを願わずにただただ真摯に想い続けてきた相手が俺だった。なんだそれ。そうだったらいいのに、と考えることすらなかったくらい夢みたいなことが現実に起こってる。
 欲しいと願っていたものが、手の届くところにあるんだ。手を伸ばしたいと思って何が悪い。
 ……だけど、本当に手に入るかもしれないと思ったら、恐くなった。俺は、雪田を本当に幸せにしてあげられるだろうか。色んなことを我慢させることになる。普通の、当たり前の幸せを与えてあげられない。
 俺が、男だから。


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