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 成人式に、出席する気は無かった。ほんとに、色々、面倒で、億劫で、まじで行くつもりは無くて。なのに、当たり前みたいに集合場所と時間を指定するメッセージが来てしまって、行かないって言うことも、それのもっともらしい言い訳を考えることも、それはそれで面倒で。結局、地元のホテルに部屋を予約して、帰省することにした。
 前日まで何度も、やっぱり行くのやめようかな。とかいう俺らしい発想が浮かんできた。ホテルを予約せずに当日の朝から式に向かうことにしていたら、おそらく出席してなかっただろう。それならそれでよかったと思う程度には、成人式なんてどうでもよかった。でも誘われたんだから行った方がいいよな、って思ってしまったのはきっと、俺の悪いところ。
 会いたい奴がいる訳でもないのに。往生際悪くそう思うたびに、元旦に隠し撮りした雪田の写真を見ては気を取り直す、というのを繰り返した。

 綺麗だ。と朝日に見惚れる雪田の横顔は、それこそ『君の方が綺麗だよ』なんて馬鹿げた常套句が口から出そうになるくらい輝いて見えた。自然と携帯を取り出してシャッターを切ってしまうくらい。
 たぶん雪田は朝日を撮ったと思ったんだろう。特に何も言われなくてホッとした。おかげで、やる気が出ない時とか、雪田に会いたい時に写真を眺めることが出来る。こういうことのために写真って撮るんだな、と今更ながらに納得した。……んだけれど。

 写真を一緒に撮ろうと言ってくる女がうざすぎて、やっぱり来るんじゃなかったと辟易してくる。顔も分からないような人間と、なんで一緒に写真なんか撮らなきゃいけないんだとイライラする。


「竹下? どうかした? 具合でも悪いのか?」

「いや? それはないけど」

「そっか? ならいいけどさ。なんか顔こえーしよ。腹でも痛いのかと思った」

「……ああ」


 この感覚は久々。
 他人から見た俺と、本当の俺の間に大きな溝がある。他人から見た俺に本当の俺が嵌め込まれていくような感じ。そのなんとなくの違和感が以前は常にあった。

 大学に入学してから、というか、じゅんぺーに出会ってからかな。友達付き合いも随分と楽になった。嫌なことは嫌だと言うようになったし、連むこと自体を楽しいと思うようにもなった。じゅんぺーには面倒臭いことも頼まれるけど、あれでちゃんと俺の許容範囲っていうやつを分かってるみたいで、意外とすんなり受け入れられることの方が多い。現に雪田の女装の件まで、一度だってじゅんぺーと衝突したことなんて無かった。

 今の俺を見て『具合が悪い』なんていう妙な解釈をする人間は、周りにもういない。ちゃんと『機嫌が悪い』んだと察してもらえる。それはじゅんぺーのおかげだし、たぶん、俺も変わった。地元の奴らと関わるとなると戻ってしまうみたいだけれど。
 地元の奴らは、なにかと俺を良い風に捉える節がある。……なんて、まるで周りが悪いような言い方は良くないよな。俺は周りから良い奴に見られたいと思ってたわけじゃない。むしろ周りのことに無関心だった自信がある。だからこそ他人と深く関わることが面倒で、適当に合わせてはいた。無難に、当たり障り無く、穏やかに。好かれようとはしていないけれど、結果的には好かれていたんだと思う。
 一人でいるよりも誰かといる方が都合が良いことの方が多かった。ただそれだけなんだ。友人も女も。自分にとって得になる存在かどうかを考えてた。学校の男友達や、金になる女なんかは当時の俺にとって得になる存在だった。そうじゃない奴は視界の外に追いやっていた。うるさいだけの女とか、父親も継母も。

 継母なんてそれの最たるものだ。俺にとっては害でしかない女。自分は愛されるべき女だと信じて疑わない。俺が一向に懐かないことを、好意の裏返しだなんてとんでもない勘違いをしていた。思春期特有の照れや意地なんかが邪魔をして素直になれないだけで、本当は男として自分を見ていると、自分を女として意識していると、誰かに電話で話しているのを聞いたことがある。
 その時の感情は言葉にできない。気持ちが悪い。不愉快。悍ましい。吐き気がする。恐ろしい。身体に虫が這っているんじゃないかと思うほどの不快感に身震いした。誤解を解こうなんて考えもしないほど、とにかく関わりたくなかった。何を言っても、何を見せても、あの女の耳や目から情報が脳に行き着くその一瞬で、俺の言動は書き換えられる。そう思った。

 ああ、最悪だ。あの最低な女のことなんて、もう随分と忘れていたのに思い出してしまった。気分が悪い。それもこれも成人式なんかのために地元に戻って来たせい。早く帰りたい。帰って雪田に会って癒されたい。でも出来ないからとりあえず、写真を眺める。
 ……撮ってよかった。まじで。本当に心から。


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