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「本当に久しぶりね。大学生になってから初めてじゃない?」

「そうっすね。正月くらいは帰って来いって言われちゃって」

「そうよねー、お正月くらい紘基くんだって帰って来てくれたらいいのに。紘基くんなんて大学生になってまだ一度も帰って来てくれてないのよ?」

「そっすか、それは……寂しいっすね」


 紘基くん、紘基くん、と言う声は拗ねているようにも弾んでいるようにも、艶っぽくも聞こえる。この人の声が紡ぐ『紘基くん』が、竹下さんのことだと思うと不愉快だし、鬱陶しい。竹下さんを、汚されているみたいで、心がじわじわと黒く染まっていくような、そんな感覚。
 その『紘基くん』は、自分の子供に投げかけていいものじゃないでしょう? そんな顔をして、子供を見ちゃいけないでしょう? 分からない? そんな感情をあなたが持っているから、竹下さんは家に帰らないんじゃないか。帰れなくなったんじゃないか。
 そう、言ってしまえたら楽なのに。


「怜央くんはどこの大学だったっけ?」


 答えたくないなぁ、と思う。面倒なことになるのが容易に想像できる。それでもこっちを意識してないようでバッチリ監視の目を緩めない母親の手前、答えないわけにもいかなかった。


「そこって紘基くんと同じじゃない? 確か高校も一緒だったのよね? もしかして友達だったりする?」

「まさか。学年も違いますし、高校の時と同じで極々たまーにお見かけするくらいで、お話ししたこともないっすよ」

「残念。怜央くんが紘基くんと友達になってくれたら、私がこーんなにも会いたがってるってこと伝えてもらえるのに」

「お役に立てなくて、申し訳ないっす」


 俺の顔って今どうなってる? こんなにも腹の中がドロドロしてるのに、ちゃんと笑えてる気がしない。今までだってこの人の口から竹下さんの話は何度も何度も聞かされてきた。だけど、これほどまでに不快な気持ちになったことはない。
 竹下さんをただ眺めるだけだった恋が、竹下さんと関わることで変わった。遠くから聞こえていただけの竹下さんの声が、俺の名前を呼ぶ。他人越しに見ていた笑顔が、俺に向けられる。どこかで誰かに触れていた手が、俺の手を握った。
 どこか他人事だった想いは、自分でも制御できないくらいに膨らんで、俺自身を雁字搦めにしている。まるで、自分こそが一番に竹下さんを理解しているだなんて勘違いをしているみたいに、この女性に怒りを覚えている。


「でももうすぐ成人式でしょ? だから紘基くん、きっと帰って来てくれるわよね。すごく楽しみなの。カラーも少し明るめにして、トリートメントも。綺麗にしておかなきゃ」


 成人式。竹下さんは出席するのかな。しそうにない。面倒だと思っていそう。それでも友達の多いあの人だから、望んでなくても絶対に誘われるんだろうな。それで、断るのも面倒だなんて思っちゃって、結局出席しちゃいそうな、そんな気がする。
 でも、この人がいる家には帰らない。それだけは、確実。


「そっすか、それは……楽しみっすね」


 最低だな、俺。
 どれだけ楽しみにしてたって、髪を綺麗にしたって、それを竹下さんが見ることは無いって分かってる。それを知ってて、ざまあみろって思ってる。目の前にいる女性ががっかりする様を想像しちゃってる。
 最悪だ。他人の不幸を願うようなこと。

 なんの見返りも求めずに、ただ想い続けられたらよかったのに。好きだって気持ちが大きくなるほど、汚い奴になっていく気がするんだ。


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