30-2
「さて、と。じゃあ早速、ユキちゃんの話を聞かせてもらおうかしらっ」
俺は竹下さんが別の誰かと結ばれても、こんなに強くいられるだろうか。リサさんみたいに、優しく、明るく、生きていられるだろうか。
「……大丈夫。焦がれるような想いも、時間が解決してくれるものよ。少し、切ないけれど、でもやっぱり幸せでいてくれるならそれが一番いいって、今は思えるようになったの。だからね、ユキちゃん。あなたがそんな顔しなくていいの。あなたはまだまだ若いんだから。わざわざ辛い未来に進む必要はないわ。僕みたいにならないように頑張りなさい。クリスマス、会うんでしょう?」
「リサさん……」
「作戦を練るわよ! 竹下くんとはどこに行く約束をしてるの?」
「色々、考えてたんですけど竹下さんに予定が入っちゃったみたいで……」
「なっ、にしてんのあのバカ男! やだもーほんっとバカ」
竹下さんに『バカ男』なんて言葉を吐ける人を初めて見た。
「いや、でも夜に時間作ってくださるみたいで。だから夜の数時間しかないけど、何をすれば喜んでもらえるかな、って」
「そうね……簡単なところで言えば、手料理かしらね。ユキちゃんの手料理なら泣いて喜ぶわよ、竹下くん」
「料理……できない、っす」
「全く?」
「目玉焼きくらいなら……なんとか」
「じゃあ大丈夫よ。カレーとか失敗しないものになさいな」
カレーの何が大丈夫なのか。目玉焼きしか作れないって言ってんのに、カレー? いや無理だって。大体うちに鍋はもちろん、包丁すら無いし。とかそんなことを考えている時だった。
「リサ! 何だよ、来んなら来るって言えよな。こないだの礼もしてねーしさ、会いたいと思ってたんだ」
おおよそ人間とは思えないほど綺麗な顔をした人が、すぐそばに立っていた。注文した飲み物や焼き鳥なんかをその手に、腕に、常人離れした物量を持ってはいるけれど、風貌からして店員というわけでは無いらしい。ていうか気配が無かった。普通それだけ持てば、食器の擦れる音がして当たり前だろうに……忍者か?
「礼って何よー、あんなの趣味よ、趣味! またいつでも言いなさいよー? 可愛くしてあげるわ」
「そういうわけにはいかねーよ。あ、そうだ。今日の飲み代、俺が出しとこうか?」
「バカね、年下の男の子に奢られる趣味はないわよ」
そんな会話をしながら、綺麗な人の腕に乗った食べ物をテーブルに移すリサさん。俺も倣って手伝う。何これ、そもそもどうやって持ったんだよ。ていうかこの細い腕にどんだけのパワーが……超人か?
「あ! そうだわ! あなた料理も得意だったわよね? 目玉焼きしか作れない子が立派に調理ができるようなレシピ、書いてくれないかしら? 基礎中の基礎から何もかもぜーんぶみんな書いたものがいいわ」
「いいけど。何作んの?」
「カレーライスよ」
「そんだけ? 他には?」
「竹下くんの好きな食べ物って何かしら?」
「えーっと、唐揚げとか、ハンバーグとか、肉系ですかね」
「やだー、あんな顔して肉食なのね! いいわー、可愛いわー」
上げたり下げたり忙しい人だなー、なんて失礼なことを思っていると、綺麗な顔をしたお兄さんが話しかけてきた。
「具体的にいつ作んの? 調理器具あるか? うちはこのへんか?」
クリスマスに先輩の誕生日祝いをすること。家には調理器具は一切ないこと。うちは隣の都府県でここからは遠いことと最寄りの駅名を伝えた。
「んじゃ、俺が調理器具一式お前ん家に持ってってやるよ。材料とレシピも一緒に」
「え! いやそんなことしていただく訳にはいかないっすよ!」
「いいって。リサのお気に入りなんだろ? これがリサへの礼代わりってことで。な? こういう方がお前もいいだろ、リサ」
「もっちろんよー、分かってんじゃない」
リサさんのおかげで、なんだかんだと本当に親切にしてもらえることになった。見ず知らずの人だった訳だけれど、妙に親しみやすい人で、いや見た目は人形みたいに綺麗に整いすぎててめちゃくちゃ畏れ多いけれど、気さくで、奔放で、優しくて。
きっと、こういう人なら、同じ男でも竹下さんの隣に居ても釣り合うんだろうなと、そんなことを思った。
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