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「あら? ユキちゃんじゃない。どうしたのー、こんなとこまで来ちゃって。とりあえず、お入んなさい」


 以前に霧島さんに連れて来てもらったリサさんのお店に、俺は来ていた。中に入ろうにも、そこは女性の洋服店。勢いで来たはいいけれど、一人で入店するのにはかなりの勇気が必要だった。
 外でまごまごしていると、運良くリサさんが戻って来られて、声をかけてくれた。リサさんが外出しているパターンなんて考えてなかった。ここに来れば当たり前に会えるものだと……考えなしの自分の行動が少し恥ずかしい。


「それで? 今日はどうしたの?」

「あの俺……こんなこと相談できるの、リサさんしか思い浮かばなくて……急に来ちゃってすみません」

「いいのよ! 気にしないで。相談って? また女装するのかしら?」

「いえあの、そうじゃなくて……今度のクリスマスイヴ、竹下さんの誕生日なんですけど……」

「ちょっと待って! それはこんな場所で立ち話で済ませることじゃないわ!」


 そう言ったリサさんは、お店にいた従業員さんに声をかけてから、俺にどこかで食事でもしながらゆっくり話そうと提案してくれた。仕事を切り上げてまで相談に乗ってもらうのは忍びないので、また後日時間をいただければと言ったけれど『今じゃなきゃダメ! 気になるじゃない!』と一蹴された。
 気後れしながらも、リサさんの言う美味しい居酒屋に行くことになった。以前話してくれた、リサさんの好きな人がやってるお店らしい。『一人で行くと少しブルー入っちゃうから滅多に行かないの』なんて冗談めかして笑うけれど、本当は、行きたくて行きたくて堪らないんだろうと思った。たとえ、奥さんやお子さんがその場にいたとしても、無理に明るい声や笑顔を作らなくちゃいけなくても、好きな人の顔が見たい。声が聞きたい。自分に笑顔を見せて欲しい。
 俺なら、そう思う。


「うお! 何やねん、久しぶりやんけ! 元気にしとったかー?」


 リサさんの顔を見ると、顔を綻ばせた店主の男性がリサさんに声をかけた。その瞬間のリサさんの顔を俺はきっと忘れない。
 一瞬だったけれど、ぐっと何かを堪えるように眉間に皺を寄せて、そして口だけに笑みを浮かべた。嘘の笑顔。


「元気に決まってるじゃなーい。先輩はどうなのー? 奥さんと上手くいってる?」

「アッホぅ、当たり前やろが。とりあえず座れ座れ。カウンターにするか?」

「ううん、今日はこの子とだーいじな話があるから。座敷上がらせてもらうわねー」


 話している内に、目も細めて本当に楽しそうに笑ったリサさんだけど、俺にはそれが痛かった。自分を見て、話してくれる。笑ってくれる。それが幸せで、笑顔になれる。
 だけど、好きな人の心にいるのは、自分じゃない。それを、知ってる。


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