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じゅんぺーに『あとは上手く言っといてやるから』と送り出されて、車に乗った。雪田には、二時間半くらいで着くと連絡してある。おそらく7時前には雪田の家に行けるだろう。
会うのは三週間ぶりだ。
学祭の打ち上げで飲みに行ったのが最後。小野さんには『なんでもっと飲まねえんだよ』と言われたけれど、俺は結局酔った振りをせずに、雪田と普通に別れた。三木さんにも『せっかくのチャンスを棒に振るなよ』と言われた。
チャンスって言われても。なんのチャンスだよ。部屋で二人きりなんて、俺にとってはピンチなんだって。つい伸ばしそうになる手を、必死に止めなきゃならない。つい漏らしそうになる想いに蓋をしなきゃならない。
そんなことを思いながら、雪田の家までの道を走った。ちゃんと大人しく、優しくするぞ。穏やかにゆっくり過ごすぞ。と気合いを入れた。
「おかえりなさい」
雪田の第一声で、俺の決意がグラリと揺れる。
インターホンを鳴らすと、すぐにドアを開けてくれた。それで、俺の大好きなヘニャっとした笑顔で、しかも頬染めて『おかえりなさい』と言ってくれた。
おかえりなさい。いらっしゃい、じゃなくて、おかえりなさい。何それやばい。一緒に住んでるみたいじゃん、とか考えて一人で勝手に興奮した。
雪田は単純に、茨城からここまで帰って来たってことをおかえりと表現しただけだろうけど。
「え。これれおが用意してくれたの?」
雪田の家の中は、食欲をそそる良い匂いが充満していて、まさかまさかと思っていたけど。まさか本当に。
「俺、料理あんま得意じゃないんで、美味くないかもしんないっすけど……あ、でも、ちゃんと毒見したし、簡単なものしか作ってないし、だから……もし腹減ってたら食べてください、っす」
手料理とか! 今日はクリスマスイヴだし、日本全国そこらじゅうでカップル共が盛り上がっているだろうけれど、でも一番幸せな奴は俺だろうな、とかそんな馬鹿みたいなことを思った。
「めちゃくちゃ腹減ってる。っていうか、たとえ満腹だったとしても食いたいってくらい嬉しい。ありがとね、れお」
「じゃあ用意するんで、座って待っててください!」
空腹なのは本当。でも、満腹でも食べられそうなのも本当。好きな子の手料理が食べられるとか嬉しすぎるんだけど。今すぐじゅんぺーに自慢したいくらい嬉しい。明日絶対自慢するけど。
雪田が出してくれたのは、カレーライスとハンバーグとサラダ。市販のチキン。クリスマスっぽい。
「美味そう。食べていい?」
「もちろんっす。お口に合えばいいんすけど……」
「いただきます」
まずはカレーを一口。美味い。当たり前に美味い。っつーか、雪田が作ってくれたものが美味くない訳がないし。感動してちょっと泣きそうなくらい美味い。
「そんな心配そうな顔して見なくても大丈夫だよ。美味いよ、めちゃくちゃ」
「まじすか、よかったー……! 作りながら、どっか食べに行った方がいいんじゃないかって思って、こんなの竹下さんは迷惑かもって」
「これで喜ばない奴いないよ。俺すげー嬉しいし。すげー幸せな気分だよ」
「よかったっす。まじで、俺、今日どうしようかって思って。よかったー、もう、ホッとした。いただきます」
雪田はテンパると口からポロポロと言葉が溢れる。そういや、初めてこの部屋に来た時も、ポロポロ喋ってて聞き取れなかったんだった。可愛いな、そういうとこも。
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