29-2
「今日から研修だってこと、ユキに言った?」
助手席で漫画を読んでいたじゅんぺーが、ふと思い付いたというような素振りで聞いてきた。こんな風に何気なく、唐突に雪田の話を振ってくることは割と珍しいことではない。たぶん俺が雪田の話題には乗ることが多いからだろうと思う。
「言ったよ」
「他にも誰かに言った?」
「言ってない」
「ふーん?」
「なんでそんなこと聞くの?」
「んー、いやさー、やけに仲良いよなって思って」
「俺にとって雪田は特別だけど、雪田にとっての俺は、別にそこまででしょ。他にも仲良い奴は山ほどいるし、好きな女もいるし、いい加減、俺が鬱陶しいかもね」
「それまじで言ってる?」
「ちょっと自虐入ってるけど、割とまじで言ってるよ」
クリスマスイヴに二人で過ごして欲しいって言う先輩。何それ。まじでうぜー。普通に好きな女と過ごしたいって思うでしょ。それ分かってて言う。しかも、自分はあとから予定まで入れた上に、夜は会いたいとか言い出す始末。最悪なんだけど。愛想尽かされたって仕方ないレベル。
「コウが特別じゃなかったら、ユキは女装なんかしなかったと思うぜ」
「それ蒸し返す? あの時は雪田がしなきゃ他のどっちかがやらなきゃいけないって状況だったし、別に俺だけが理由って訳じゃないでしょ」
「お前だよ。……お前に無視られて、あいつ泣いてた。昼休みの食堂でだぞ? 普通考えるよ。人に見られるとか、そういう色々。でも、絶望したって顔して、呆然と立ち尽くしてさ。とりあえず座れっつったら、ボロボロ泣いて……自分が悪いんだって、そればっか。だから女装してでも何でもお前と話がしたいって、ユキはそれだけだったんだと思うぜ」
食堂で雪田を避けて無視したあとの雪田のこと、『お前が気にしねえように若干控えめだわ』って言ってた通り、じゅんぺーは本当に控えめに言ってたんだ。
まさかそんな……泣かせてたなんて思わなかった。あの時は、俺がそばにいたら雪田を泣かせる羽目になるって思ってた。なのに……俺ってまじで最悪だ。こんなこと思ってるって知ったら、本気で愛想尽かされる。
雪田が泣くほどショックを受けてくれて嬉しい、なんて。
「お前も俺と一緒で、大概捻くれてんな」
じゅんぺーには分かってしまったらしい。そんなに顔に出てたかな。
心から悪いことをしたと思ってる。傷付けてしまったことを後悔もしてるし、これからはそんなことにならないようにしたいと思う。だけどやっぱり、雪田の中での俺って存在がそれほどでもなかったら、雪田は傷付くことすらなかったって思ったら、嬉しいよ。深く傷付いたってことは、俺はそれなりに大きい存在ってことでしょ。
「本当はユキがフラれりゃいいって思ってる。そんで自分とこに泣きついて来いってな」
「そんな具体的に顔に出てた?」
「俺もそうだから、分かるってだけ。ダメなとこも全部受け入れて、甘やかしてやんのなんか俺だけだって、あのバカ、早く気付けばいいのに……なんつって。らしくねーか」
「自分で言っといて、何言ってんの」
じゅんぺーが言ってる『あのバカ』が誰を指すのかは知らないけど、女じゃないってことだけは確か。
おいおい。お前まで男に気が向いちゃったのかよ、とか言わないで、無自覚そうなじゅんぺーのことはそっとしておこう。俺も雪田への気持ちをじゅんぺーに悟られたくないし。
つーか、今まで散々女遊びをしてきたせいか。俺もじゅんぺーも、なかなか業が深い。
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