27-2
「着替え終わったなら、早くこっちにいらっしゃい」
さっきまで怒ってたのが嘘だったみたいに穏やかな声で言われた。驚いて顔を見ると、やっぱり優しく笑ってて……ああ、かなわねえなーって思った。この人は『大人』なんだ。俺と違って。だから、雪田を安心した表情にもしてあげられるし、こんな俺にも気遣ってくれる。
「バカね。そんな顔しなくていいの」
「顔?」
「後悔してるなら、謝ればいいだけじゃない。全部諦めたような顔して、大人ぶらないの。足掻いてみなさいよ。ユキちゃんが、好きなんでしょう?」
「なんで……」
「分かるわよ。あんな嫉妬してますって丸分かりの敵意を向けられたら誰だって」
「……すみません」
「もういいから。ここ、座んなさい。今より断然かっこよくしてあげるから。そうしたら、ちゃんと謝るのよ? 笑って、ごめんねって言うの。あとはそうね。可愛いって言いなさい。絶対よ」
俺は苦笑して、でも素直に頷いた。雪田に笑いかけるなんて、さっきまで出来ないと思っていたことも、何となく今なら出来るような気さえする。
「ユキちゃん、可愛くなってたでしょう。実際どう思ったのよ」
「もちろん可愛いですけど……あんな格好してない方が可愛いと思うし、好きですよ」
「なによ! もう! 惚気んじゃないわよ! それでそれで? いつから好きなの?」
「惚気んなって言っておいて、聞きますか」
「いいから! はいはい早く答える!」
何だろう、この感じ。女と喋ってる時に感じる理不尽さはあるけど、不快ではない。むしろ雪田のことを聞いてくれて、吐き出せる場所を与えてくれて、少し、心地がいい。
「たぶん、初めて会った瞬間です」
「やだー! 一目惚れってやつ? でもそれまではノーマルだった訳でしょう?」
「さあ。人を好きになったことが無いので、分かりません。でも、性的指向が同じ男に向いたことも無いです」
「じゃあ初恋ってやつね。いいわねー!」
「そう、ですかね。俺は……正直、きついです。今までにもちゃんと恋愛ってやつをしてきてたなら、よかったのにって思います。自分の気持ちを持て余して、どうしていいか分からなくて、雪田を傷付けてばっかりで。優しくしてあげたいのに、普通の先輩らしく出来なくて、距離感がどんどん分からなくなってきて……いや、分かってるのに上手く立ち回れなくて、それでも雪田が嫌がらないから、俺を特別に扱ってくれてるみたいに思って、調子に乗ってしまって、また傷付けて。ほんとに……どうしたら、笑った顔を見せてくれるんだろうってそんなことばっか考えてるくせに、きっと雪田の笑顔を一番見れてないのは俺で……まじで、自分が嫌になる」
欲張りで、どうしようもない。俺を見て欲しい。俺にだけ笑いかけて欲しい。雪田の全部を俺のものにしたいだなんて馬鹿みたいなことを、本気で考えてる。
こんな独占欲さえ無ければ、俺は前みたいに普通に優しくしてあげられる。そうしたら、雪田は前みたいに俺に笑いかけてくれる。それでいいのに、そうしてあげたいのに、なんでこんなに好きなんだろう。どうしたって膨らんでいくこの気持ちをどうにかしたい。
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