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「……可愛いね、とでも言うと思った? 何でこんなことしたくないって言わないの? ……そういうのが、嫌なんだよ」


 なんでこんな風にしか言えないんだろう。こんなことなら、何も言わなきゃよかった。一瞬でそう後悔するのに十分なほど、雪田の傷付いた表情が俺に大きなダメージを与えた。


「……そっ、そうっすよねっ。俺がこんな格好したって……ははっ、……じゃあ俺ちょっと外出てるっす。行きましょっか、霧島さん」


 無理に明るくしようとしている姿が、痛々しかった。
 ごめんねって言えばいい。そんなつもりで言ったんじゃない。傷付けたかったわけじゃないって、ちゃんと伝えれば、雪田ならきっと分かってくれる。
 それなのに、俺の口は大事なことほど言わない。雪田が部室から出て行く姿を、俺はただ呆然と眺めていた。


「あんたバカじゃないの?」


 初対面の人間に、バカだと言われたのは初めての経験だった。でも、確かにそう思う。俺はバカだ。
 この人の手が、雪田の肩に乗せられていることが許せなかった。俺の姿を認めて顔を強張らせた雪田が、この人に肩を軽く叩かれて安心したように表情を緩めたことも、この人に促されてやっと俺のもとへやってきたことも、この人が長時間、雪田の顔に触れていたであろうことも、全部、どうしようもなく嫌で、許せなくて、腹が立って、その苛立ちを雪田にぶつけた。
 一番やっちゃいけないことを、やってしまった。


「ユキちゃんがどんな気持ちでここであんたを待ってたと思ってんの? 何のためにやりたくもない女装なんか我慢してやってると思ってんのよ? あんたに少しでも好かれたくて健気に頑張ってるっていうのに、面と向かってあんな……いくら何でも酷すぎるでしょ!」


 どんな気持ちで俺を待ってたかは、俺を見た瞬間の表情で分かる。いつも明るい雪田の顔が、一瞬で凍った。分かってるよ。俺が悪いんだってことは。俺が雪田を避け続けたせいで、俺は雪田にあんな顔しかさせられない。
 だから今日こそは、謝ろうって思ってた。今まで何も言わないで避けてごめんねって、言うつもりだった。俺の誕生日の約束を守れないってことも、ちゃんと言わなきゃって思ってた。

 やっぱりダメだろ。俺みたいな奴が雪田のそばにいちゃ。自分のことばっかりで、勝手に嫉妬して傷付けて、傷付けてばっかりで。雪田が可哀想だ。


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