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10月31日。学祭のコンテスト当日。コンテストは14時からなのに、11時に部室に来るように言われている。どんだけ準備に時間を掛けるんだろう。このイベントで男が女装するのってウケ狙いなんじゃないのかな。2時間以上掛けて化粧を、それもプロにしてもらうなんて、ガチすぎて引かれるんじゃないかな。しかも仕上がりは女性に見えるってくらいで、特別美人って訳でもない。そりゃ、俺自身、自分だと思えないほどには変貌するけど……やっぱり恥ずかしいな。
憂鬱になりながらも、部室に向かう。途中、枯れて茶色くなってしまった花の付いた金木犀の木が目に入って、竹下さんに会ったら何を話そうかという不安がまた襲ってくる。
霧島さんはどんな風に竹下さんに今日のことを伝えたんだろう。竹下さんは、俺とカップルとして出場することをどう思ったんだろう。
そんな落ち着かない心境に追い打ちをかけるように、霧島さんは俺に爆弾を投下した。
「悪い。コウをマジギレさせちまった」
「……え」
「今日のこと、あいつかなり怒ってんだわ。俺も売り言葉に買い言葉っつーか、余計なこと言っちまったし」
「え、ちょっと」
「とりあえず、1時に来るように言ってるけど、あいつがここに来る前に一回話してみる」
そんなことを言われたら、『さあメイク始めるわよ!』なんて高らかに宣言されても、それどころの話ではない。
「まじでもう無理なんすけど……俺、何のためにこんなことしてるんすか……」
「コウはお前に怒ってんじゃなくてさ、お前に無理強いした俺にキレただけだから。お前のこと気遣ってんだよ」
霧島さんのフォローも全く慰めにならない。大人しくリサさんにメイクを施されるけれど、鏡に写っている自分はこれ以上ないほどに情けない顔をしていた。
しばらくして、そろそろ竹下さんが来る頃だから話をしてくると言って出て行くと、俺の緊張がもうとんでもないことになって、瞬きの回数が増えていたらしい。リサさんにメイクがし辛いと怒られた。
「ユキちゃん、恋しちゃってるのね。彼氏役のイケメン君に」
「えっ!」
「女の勘を舐めちゃダメよ? もうユキちゃんたら、揺れに揺れてて可愛いわー。大丈夫よ! きっと可愛いって思ってもらえるわよ。なんたってこの僕がメイクしてるんだから」
「いや、別にそこは大した問題じゃなくて……」
「本当に? 好きな男に可愛いって言われたくない?」
「…………言われ、たいっす」
女性になりたい訳じゃない。女性に生まれてたら……と考えたことはあるけれど、男である自分を捨てたいと思ったことは一度もない。
でも、こんな格好をするなら、竹下さんに見せるなら、綺麗だと、可愛いと思って欲しいと考えるのは、自然なことだと思う。
「片想いってしんどいわよね。僕も、長い間ずーっと、片想いしてるのよ? 相手はもう結婚して子供もいるんだけど、どうしても諦められなくてね」
「…………」
何も言えなかった。俺も近い将来、そうなるかもしれない。もしそうなったらその時、俺はどんな言葉もいらない。誰の共感もいらない。慰めも同情も何もいらないから、竹下さんが欲しいと、そう思うだろう。でもそれは、竹下さんの家庭の崩壊を、不幸せを、望むってことだ。
そんな自分を嫌いになるはずで、それでも捨てられない想いが汚れたものに思えてきて、だから余計に自分が嫌で耐えられないのに、どうしたって気持ちを消せなくて、それでずっと苦しみ続けるんだ。
「嫌よねー。男って未練がましいというか、女々しいというか。それでもいつかは、なんて思っちゃっていつまでもズルズルズルズル引きずって。オカマのくせに、そういうところは女らしくないのよねー、嫌になっちゃう」
出来上がり、と言って俺の両肩に手を置くリサさん。鏡越しに合う視線に、力強く背中を押されているような気分になる。
「まだ若いんだから頑張んなさいよ! 諦められないのは、行動してないからよ。大事に大事に育てちゃうから捨てられなくなるの」
その言葉は、俺の心にピタッとはまった気がした。リサさんに今の俺の気持ちを言っておこうと口を開こうとした時に、ちょうど部室のドアが開いた。
霧島さんに続いて、竹下さんが入ってくる。何か言わなくちゃ。ただの挨拶でもいい。何でもいいから、一言でいいから。
俺が焦っていることが伝わったのか、俺の肩に置かれた手がポンポンと優しいリズムをとった。落ち着けと、任せろと、言ってもらえた気がした。
「やだ。写真より実物の方が何倍もいい男ね! じゃあ早速着替えてくれる? そのあとメイクするわね。ユキちゃんは緊張してるから、淳平くんと話でもして解してきなさい。ね?」
リサさんの手に導かれるように、俺は自然と立ち上がった。そのまま竹下さん達がいる方へと足が進む。
とりあえず挨拶だけはしておこうと、竹下さんの前で立ち止まった。
「あのっ、」
「……可愛いね、とでも言うと思った? 何でこんなことしたくないって言わないの? ……そういうのが、嫌なんだよ」
そのあと自分がどうしたか、覚えていない。
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