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 先週が休講になって、後期が始まって初めての教育心理学の講義。本当なら、もう少し前の方の席に座って、集中して聞きたいんだけど……友達の中にはそういうタイプがいなくて、割といつも中ほどの席に座っている。せっかく一緒に座ろうと言ってくれてるのに、わざわざ俺だけ前に座ると言うほどのことでもないと思うし。
 先生の話を聞く限り、想像していたよりもつまらなさそうな講義内容だと思った。やっぱり講師じゃなくて、前期にあった教授の講義を取ればよかったな、とか。でも前期はそれ以上に興味のある講義と被ってたせいで諦めたんだし、それはそれですげー面白かったし、とか。単位が貰えればいいか、とか。そんなことを考えたのはきっと俺だけじゃなかったみたいで、両側に座っている友達も雑談をし始めてしまった。それに俺もそれなりに応じていた。


「ユキちゃん」


 少しして、後ろに座ってた子に肩を叩かれた。振り返ると昨日の飲み会で、二人で話をした子だった。アルコールが入っていたこともあって、少し語ってしまった感じの自分を思い出して、けっこう恥ずかしい。
 折り畳まれたルーズリーフを手渡されて、正面に向き直った。ルーズリーフを開くと、女の子らしい可愛い文字が並んでいた。

『昨日の話、あたし結構まじだからね? ユキちゃん限定の大セールなんだから』

 これは何と言うか……軽く告られてるんじゃないかと思うような文面だ。俺限定って。こんなの告白されてるって勘違いしちゃう男、かなりいると思うんだけど。
 やっぱりこの子、もっと自分を大事にした方がいい。女の子なら何でも! ウェルカム! ってまじで考えてる霧島さんみたいな危険な男だっているんだから。ヒョイっつってパクッだよ。簡単に食われちゃうよ。

『そういうこと言ったらダメだって言ったでしょ。男はオオカミだって言うんだから、気をつけなさい』

 そう書いて、また折り畳んで返した。
 こういう風に言ってもらったら、据え膳食わぬは……じゃないけど、男なら喜ぶのが普通なのかな。嬉しくないわけじゃないけど、興味が湧かないというか。竹下さんが好きとかそれ以前に、俺って女性をそういう意味で好きにならない人間なのかな、とかそんなことを考えてた時だった。
 ガチャ! と、遠慮の欠片もない大きな音を鳴らして、誰かが講義室のドアを開けたらしい。こんな中途半端な時間に、そんな騒がしく出入りするなよと思った俺は、音がした方に視線を移した。

 講義室から出て行く人の後ろ姿が、竹下さんにしか見えなかった。
 そんなわけない。この講義を取っているのはほとんどが一回生だし、竹下さんが取りそうな講義でもない。
 だから見間違いなんだ。分かっている。分かっているのに、追いかけたい衝動が駆け巡って、座っていることが大変だなんて初めて感じた。

 心が凪いでいる。なんて、よくもまあ言えたものだ。考えないようにしていただけだ。竹下さんですらない誰かに竹下さんを重ねて、勝手にザワついてる。

  竹下さんは俺にとっての金木犀だ。
  忘れたと思っていたのに、ふわりと漂う香りだけで強烈なインパクトをもたらす。秋が訪れたのだと実感させる。 ただのよく似た後ろ姿。それなのに、どうしても思い知らされる。
  ああ、大好きだ。竹下さんが好き。会いたくて、声が聞きたくて、笑った顔が見たくて、触れたくて、触れて欲しくて……どうしようもない欲望が沸き起こる。
  分からない。みんなはこの衝動をどうしてるんだ?  どうすれば抑えられる?  苦しくて仕方ないんだ。後輩としてでいいからそばにいたいのに、そう思う俺も本当なのに、どうしても好きだという気持ちが消えない。

  俺にかけてくれる声も、俺に見せてくれる笑顔も、そばにいられる幸せも、全部知らなければ、そしたら……ずっといつまでも、一方的に見つめるだけの片想いをしていられた。その虚しさに気付かないでいられたのに。


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