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「あ゛?」
自分がお上品な性格だなんて口が裂けても言えないけれど、今まで生きてきた中でもおよそ出したことのない、自分自身でも驚くほどの低い声が出た。それくらいイラっとした。本気で。
じゅんぺーが悪びれもせず、来週にある学祭のコンテストに出てくれと言う。しかもカップル部門で。しかも、相手は女装をした雪田。ふざけてるのか? むしろふざけてるんだと言え。まじでそんなことをさせる気ならお前の神経を疑う。
「いいだろ。ちょっとステージに出るだけじゃん」
「俺のことじゃねえよ。雪田に女装なんかさせることにイラついてんだよ」
女装なんて雪田じゃなくていいはずだ。大体毎年一回生が出てるんだから、最悪カップル部門になろうが、橋本か新見に女装をさせてればいい。雪田はタッパもあるし、別に女顔でもない。それで言うなら橋本は背が低いから適任だろう。雪田と女装した橋本で出場すれば済む話だ。
それをわざわざ雪田に女装させて、二回生の俺まで出ろって? 頭おかしいんじゃねえの?
「ユキはいいって言ってる」
「お前が言わせたんだろ」
「そりゃ、俺がやってくれって言ったんだから、俺が言わせたようなもんだけど。あいつが絶対にやりたくねえって言うんだったら俺もそこまで無理にはやらせねえよ」
「やりたくないって言えるような子じゃねえんだよ!」
嫌だって思っても、やるって言うんだ。自分が断れば、橋本か新見がやらされることになるんだって、きっと考えたはずだ。自分が我慢すればそれで済むって、思っちゃうような子なんだよ。
「そんなにユキのこと気遣うくらいなら、何で最近ずっとシカトしてんだよ。あいつがそれ気にして、落ち込んでることくらい分かってんだろ。なあ、もう一ヶ月だぜ? いい加減にしてやれよ」
「…………」
「別に構わねえよ? お前がやんねえっつーんなら、モトかニーナに彼氏役をやらせるだけだ。それで体格差があってユキがでけー女って笑われたところで、俺は何とも思わねえからな」
「…………」
「何だよ? その顔。どうせモトかニーナ出すんなら、ユキに彼氏役をさせろって思ってんだろ。お前分かってるか? モトかニーナならいいって、ユキじゃなきゃいいって思ってんの、自覚してんの? ユキ以外どうでもいいって考え方してるくせに、お前自身がユキを傷付けてるって今の状況何な訳?」
「……ああ、そういうことか。俺が雪田を避けるから、俺と雪田で出場させたいんだ。そうすれば避けようがないもんな。もしかしてそう言って雪田を丸め込んだ? そういうの何て言うか知ってるか?」
俺は立ち上がった。もうすぐ授業が始まるとかそういうのもうどうでもいい。
「お節介って言うんだよ。まあいいや。今回もお前の思う通りに動いてやるよ。お前の思うコンセプトに合った服でも新調しようか? ああ、そうだ。髪型も指示してくれよ。あとは何時にどこ行きゃいいかも教えてくれ。メールで構わないから」
そう捲し立てて、講義室から出た。
イライラする。自分に。自分の下らなさに腹が立って仕方がない。
勝手に好きになったくせに、仲良くなって慕われるだけじゃ不満で。俺を好きになって欲しくて、でもそうはいかなくて、俺の気持ちだけが膨らんで、触れたくて、俺だけのものにしたくて……気持ちが伴わなくても雪田はNOと言わないことを知った。
だから距離を取った。雪田の嫌がることを強いて、我慢させる未来しか見えなかったから。でも結局、それが雪田に人前で女装なんてものをさせる原因になった。
ほんと、くだらない。
もう今日は授業なんかどうでもいい気分になって大学から出た。当然だけどバイトまで結構時間がある。かと言って、一度家に帰る気にもならない。
時間を持て余した時って、どうしてたんだっけ、と考えて気付く。ああ、最近充実してたんだな、と。いつも何かとじゅんぺーが声を掛けてくれてた。
そういえば、今まで誰かとこんな風に険悪な感じになったことがない。これが俗に言う『友達とケンカした』って状態なのかな。
冷静になって考えてみれば、じゅんぺーはじゅんぺーなりに気を遣ってくれたんだと思う。まあ、自分にとってメリットがあると思ったからってのも、もちろんあるだろうけれど。
合コンに誘われても、雪田がいるなら行かないといつも断っていた。学内でたまたま雪田に会うようなことがあっても、俺はさっさとその場から離れてた。サークルの部室にだって、元から近付かない。
じゅんぺーはずっと見てたんだよな。そういう扱いをされてる雪田を。だから、こんなことになったんだ。
駅までの道を歩いていると携帯が震えた。じゅんぺーからのメールだった。
『服はこっちで用意する。髪もいじんなくていい。10月31日の13時くらいに部室に来てくれ。いつもの格好でいいから』
簡素なメールだ。じゅんぺーらしくない。まさに、ケンカ中ってやつだから? あー面倒くさい。それじゃあ仲直りってやつもしなくちゃなんないの?
俺はどうすんのが正解なんだよ。
雪田への気持ちを忘れたらいい? でもそんなの無理だよ。こんな想いを無くすなんてどう考えても無理だ。
じゃあ、ただの先輩として振る舞えばいい? それが出来たら苦労しない。こんなに好きになってんのに、何もない振りなんかもう出来ない。そばにいたら、独占したくなるし、触れたくなる。雪田は『嫌だ』って言えない子なのに。
……ほら。俺みたいな奴、雪田から離れるしかないじゃん。
雪田が、ただ遠くから眺めるだけでいいって言った気持ちが、今なら分かるかもしれない。そばにいると、欲が出る。俺を見て欲しいと思ってしまう。
雪田が俺に対して分かりやすく好意を示してくれるから、もしかしたら俺のことを好きになってくれるかもしれない、なんて馬鹿みたいな勘違いをしてしまう。ただの憧れだって知ってても、その勘違いを繰り返す。
そういうのもうやめにしたい。手を伸ばせば届くんじゃないかって思うから、辛いんだ。それならもう絶対に手の届かない場所にいた方がいい。
好きな気持ちは消せなくても、独占欲だけは隠しておけるから。
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