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「俺……、竹下さんになら、何されてもいいっす」
拒絶しないならキスするなんて言われて、雪田はそう言った。嫌だと言われたらしない。その想定しかしていなかった。
『冗談やめて下さい』
当然のようにそう言われて、笑いながら謝って、離れる。それだけのつもりだったのに。
やめてよ。何で受け入れちゃうの。何でもかんでも俺のことを肯定するの、やめてくれないと際限なく求めちゃうでしょ。
「映画、終わったね」
「はい」
「家まで送るよ」
「大丈夫っすよ。電車で」
少し気まずそうな雪田の表情。でもごめんね。気にしないでって言ってあげられない。気まずいまま帰って。それで、俺から離れてって。
「車の方が早いよ。ケーキもあるんだし、送ってく。ついでに返却にも行けるし」
申し訳なさそうに、でも少し嬉しそうに頷く雪田。そういうの、本当に可愛いって思う。可愛くて、触れたいって思ってしまう。
俺が触れたいと言えば、その通りにさせてくれるんだろう。雪田には好きな女がいるのに。最近は話ができるようになったって言ってたのに。それを祝福してあげられない。
クリスマスの予定も、俺がごり押ししてしまった。もしかしたら、好きな女を誘いたいと思っていたかもしれないのに。
俺が雪田の先輩だから。
だから、そうやって何でも受け入れてくれんでしょ? そりゃ多少の好意もそこには混じってるだろうけど、俺はそこまで雪田に好かれるようなことしてないもんね。
先輩と後輩だから。
雪田は良い子だから。
「はい、着いた」
「……今日は、ありがとうございました。全部、すげー嬉しかったっす」
「大したことしてないよ。せっかくの誕生日祝いだったのに、ごめんね」
「そんなことないっす! 俺は……竹下さんと過ごせたってだけで、めちゃくちゃ嬉しいっすから」
ほら。そういうことを言う。
そんなこと言われたら、調子に乗りたくなるよ。いつも俺のそばにいて欲しくなる。何しても許されてしまうなら、抱きしめて、キスをして、それ以上のことだって求めてしまいたくなる。
でも雪田は、それを受け入れてしまうでしょ。さっきみたいにギュッと目を瞑って。耐えるみたいに。
「俺も楽しかったよ。じゃあね」
ヘニャっとした笑顔で、俺を見送ってくれる雪田。名残惜しいって思う。自分で追い出すように帰したくせに。
もっと一緒にいたかった。恋愛映画の感想だって聞いてみたかった。俺の部屋にいる雪田を、もっと眺めていたかった。
でも、だめだね。もう雪田への気持ちを抑えられないから。汚い欲望を、雪田にぶつけてしまいそうだから。
だから、俺はもう雪田のそばにいるべきじゃない。
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