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ケーキを半分にカットして、ローソクとチョコレートのプレートを乗せて箱に戻した。もう半分をまた半分にカットして、お皿に取り分ける。
箱に戻した分は、有り難く持って帰らせてもらうことにした。ハート型のプレートは、冷凍保存。ローソクは、部屋のどこかに飾るんだ。少し、溶けてしまったけれど。
「よし。じゃあDVD見よっか」
「はいっ」
恋愛物の映画なんて、竹下さんはきっと興味ない。でも、竹下さんと二人でラブストーリーを見るっていう、そのことが俺にとって重要というか、憧れというか、幸せというか……そんな感じ。
内容は、ごくありふれたもので、やっぱり当然だけどキスシーンがあった。そうなると俺としては妙に気まずくて、竹下さんを伺ってしまう。
ちら、と竹下さんを盗み見たつもりだったのに、バッチリ目が合ってしまった。気まずくて見たのに、余計気まずい。俺は慌てて下を向く。
「……ねえ、映画館でもそうだったよね。キスシーンになると俺の方を見た」
バレてる! そうだよ。映画館でも目が合ったんだった。その時は、どうしたんだっけ。覚えがない。その時も、すぐに視線を逸らしたんだっけ。
「覚えてる? その時、手を繋いだんだよ。……こうやって」
竹下さんの手が俺の手を包んで、まるで恋人みたいに指が絡まる。少し冷たい竹下さんの手。その温度が、竹下さんらしいって思う。
「また、握り返すんだね」
そんなの当たり前だ。竹下さんに手を握られて、何で離したりできる? 俺にとってはただ嬉しいだけだ。
「れおは、キスしたことある?」
「……え。ない、っすけど」
「じゃあ、俺としよっか。今」
「竹下さん……と?」
「そうだよ。ファーストキス同士だね」
ファーストキス『同士』? なんで? 竹下さんが? そんなことあるはずない。竹下さんが、キスしたことないなんて、ありえない。しかもなんで今キスしようなんて言うんすか? 俺なんかと。なんで? 分かんない。っていうか今、俺どんな顔してる? 竹下さんはどんな顔してそんなこと言ってんすか? どういうつもりで……
「……嫌だって、言わないの? 拒絶しないと本当にしちゃうよ?」
お互いの吐息がかかるくらい近くに、竹下さんの顔がある。おかしくなりそうなくらい動揺してるはずなのに、俺の口からはしっかりとした言葉が零れた。
「竹下さん」
「ん?」
「俺……、竹下さんになら、何されてもいいっす」
何されてもいい? そうじゃない。それも本心だけれど、そうじゃない。俺の、今の本当の気持ちは『キスして欲しい』だ。
何でもいい。気まぐれでも、嫌がらせでも、悪ノリでも、何だっていいから、竹下さんにキスされたい。それを一生の思い出にするから。
「俺になら?」
「はい」
「キスされてもいいって?」
「いいっす」
ギュッと目を閉じた。そのすぐあと、竹下さんは離れて行った。繋がれていた手も、スルッと外されてしまう。
「冗談だよ。続き見よっか。あー、だいぶ進んじゃってる。巻き戻すね」
「……はい」
元いた位置に戻って、テレビ画面を見る竹下さんに、それ以上話しかける勇気はなかった。
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