アホォ!




「山下さん。お待たせしました」

「いえいえ。美波さんは、今日はご一緒やないんですか?」

「真守は今日提出期限の課題がまだやったみたいで、残ってやるみたいです。ほな、帰りましょか」

「はい」


 山下さんが大学におることも、毎日の送り迎えも当たり前になってきた。最近は友達の真守も一緒に帰ることが多い。
 大学敷地内の駐車場に向かって歩きながら、今日の晩飯は何がええかって相談すんのが日課になった。


「何がええかなー。山下さんは何作ってもほんまプロ級にうまいから、何でも満足なんですけどね」

「あれはどないです? 前においしい言うて下さったあんかけチャーハン」

「あ! めっちゃ食いたい! あれほんま毎日でもいいくらいですよ」

「いやいや、さすがに栄養偏りますって。……でもほんま、花月さんは少食やから、ちょっとの量でもバランス良く栄養摂れるようにせんと」

「感謝してます! ていうか最近、俺ちょっと太ったと思いません? なんか顔とか腰回りとかぽちゃっとしてきた思うんすけど」

「全然全くこれっぽっちも思いません。花月さんをぶくぶくに太らすんが俺の使命ですか、ら……」


 いきなり山下さんが立ち止まって、俺の前に右腕を伸ばして俺も立ち止まらせた。さっきまでニコニコしてたのに、その顔はかなり険しい。


「……花月さん、車の運転はできますか?」

「え? できません、けど」

「じゃあ、携帯は今持ってはりますか?」

「はい。ポケットに入れてます」


 全く状況が読めへん。なんのこっちゃと思いながら、ただ素直に答える。


「すぐそこに、危険な男がおります。狙いはおそらく花月さんです。俺が何とかここで抑えますから、花月さんは全力で走って学生がいっぱいおるとこまで逃げて下さい。あと、かしらに携帯で連絡お願いします」

「え、あの、危険って……」

「早う行って下さい。こっちが気付いとることも、あっちに気付かれてます」


 俺は何から逃げたらええんかも分からんまま、とにかく言われた通りにしようと来た道を走り出した。
 ほんの数秒。距離で言うたら20メートルくらい走った時、後ろで山下さんの呻くような声がした。


「山下さん!?」


 振り返ったら、山下さんの周りには3人の男がおって、山下さんの右手にはナイフが刺さっとった。


「山下さん!!」


 俺の足は自然と、山下さんの方へ向いた。完全に頭は真っ白で、さっき指示されたことすらも思い出せへんくて、とにかく1人でここから逃げるんが嫌で、山下さんの方に走った。


「アホォ! こっち来んな!!」


 大きい声に驚いて、足が止まった。


「俺が何のためにおる思とんや! 早よ逃げぇ!!」


 ワケが分からん。何が起こっとんのか全く分からん。山下さんの手からありえんくらいにボタボタ落ちる血とか、無表情でナイフを持っとる男が目に入って、俺の身体は全く動かんくなった。
 でも次の瞬間、ナイフを持った男以外の男2人が俺の方に向かって走って来るのに気付いて、俺はもう山下さんを心配することとかそんなん全部忘れて、ただ恐くて逃げ出した。

 恐い。意味が分からん。何で俺が追われてるん? 何でこんなとこで山下さんは刺されたん? なんでなんでなんでなんでなんでなんで?
 パニックになった頭に唯一思い浮かんだんは、結城の顔やった。


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