わ……分かり、ました
「何回言やぁ分かんだよ、このバカ犬! 仕事で使うんだっつってんだろ」
若に向かって『バカ犬』とか! やばいやばいとは思とったけど、この人ほんまにやばいな!
「だ、だって! 鈴音あのカツラ被って、女の格好して、あいつのとこ行くんでしょ? 俺、嫌なんだもん!」
『だって』? 『もん』?
何や……今、俺の目の前で何が起こっとるんや……?
「だからそれが仕事だって言ってんだよ。金持ちパーティーにパートナーとして同行するだけ。そうちゃんと説明しただろ。っつーか、お前に説明する必要すらねーの分かってるか?」
「そんなの鈴音じゃなくてもいーじゃん!」
「そういう契約なんだよ。それでいくら金くれると思ってんだ。さっさとヅラ返せ。打ち合わせに遅れる」
「……やだ」
「じゃあ新しいの買うだけだ。あとお前とはもう口聞かねー」
「やだ!」
ワガママな子供みたいに半泣きで駄々をこねる若を見て、田辺さんが『若……』と小さい声で言った。ほんのちょっと前に追い越されてしまったと感涙までしとったのに、この落差。
「じゃあどーすんだ?」
「……俺の部屋の箪笥の抽斗……2段目」
「タロ。もー、拗ねんなよ。終わったら会いに来るから。お前といる時間が一番長いって分かってんだろ?」
「……うん」
「あーもー、ちょっと来い」
そう言って、鈴音さんは若を連れて出て行った。何や今の……。今のがほんまに若か? 声色までさっきまでの若とは全然ちゃうやんけ。
「……若頭補佐の、風見や。近い内こいつに組持たせよう思とる」
話継続? 俺なんぞどうでもええから今のが何か紹介して欲しいくらいやっちゅうねん。
「風見、今のは忘れろ。狼があないなんのは鈴音の前だけやから、基本はお前の知る男や。せやから、見んかったことにせえ」
「わ……分かり、ました」
俺の中の若への思いやとかイメージがガラガラ音を立てて崩れた。あとほんのちょっとだけ本家におる緊張も解れた。
そして、関東では多くの構成員が襲撃犯を探したけれど、成果が上がらんまま数日が過ぎた。
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