腹掻っ捌いて死んでやりてぇ
「若……。俺ぁ、野田組に泥塗ってしまいやした。俺に任せて下さった侠心会のメンツもボロボロでさぁ。どうお詫びすりゃあいいのか……お二人に顔見せんのでさえ恥ずかしくてたまんねぇんでさ……。いっそ腹掻っ捌いて死んでやりてぇ」
苦しい表情の田辺さん。怒りや後悔、羞恥による涙を必死に堪える姿に、五代目や若は何も言えへん様子。
「何言うとんねん。清次さんに死なれたら、それこそ野田組は終いやろ」
慰めのための言葉やない。極々当たり前のことのように、特に感情の込もってない組長の声は少しだけ空気を軽くした。
「清次さんには何とかもっかい結婚してもらって、子供作って貰わんとな。狼が六代目継いだら清次さんの息子を野田組の若頭にするって俺らは思とんやから」
「馬鹿野郎、そんな馬鹿な話があってたまるかってんだ」
涙の代わりに、田辺さんの顔には自嘲的な笑みが浮かんだ。心底『馬鹿な話』やと思ってるような表情。そして、田辺さんの左手の薬指にはシルバーの指輪があるのに、もう一回結婚ってことは、死別でもされたんやろうか。
奥さんを失ってもなお指輪をし続ける田辺さんが再婚することと、田辺さんのご子息を若頭に据えること。どっちを指して『馬鹿な話』って仰ったんやろうか。おそらくは若頭の方やと思うけど、何となく再婚も田辺さんの頭には無さそうな気がする。
「馬鹿な話じゃねぇよ。本当にそう考えてる。俺が六代目を継いだら、若頭はお前の息子にする。だから自分の命を軽く扱うな。粗末にしたら俺が許さねぇぞ」
一度は止まった涙が、今度は流れ落ちた。それを隠すように、田辺さんは顔を下に向けた。
「……若に説教されちまうとは、ハハ、笑っちまって涙まで出てきやがらぁ。手の付けられねぇ悪ガキが、とうとう追い越して行きやがったぜぃ」
「いつまでもお前に守られてる俺じゃねぇんだよ」
こっちまで泣かされそうになるくらいの空気を読んでか読まずか、組長はまた口を開いた。
「それはそれとして、そろそろうちのもん紹介してもええか?」
「おー、見たことない顔を連れて来たとは思っておったんじゃ」
今? このタイミングで? やめてくれ。俺は今完全に空気と化してたところやっちゅうねん。しかも五代目も切り替え早いな!
「こいつは若頭補佐に就かせとる男で、かざ……」
「おいタロてめー、また俺のヅラ隠しやがったな!」
俺の紹介を遮って、スパーン! と勢い良く入って来たんは……というかこんな振る舞いができる人間なんか、鈴音さんしかおらんねんけど。
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