勘弁して下さい




 組長に付いて、関東に来たことは何回もある。でも、本家に足を踏み入れたことは一回もない。

 正直言うて、心臓が飛び出そうや。『獅子』と呼ばれる五代目がおられると考えるだけでゾッとする。普段は温厚で笑い皺が定着しているようなお方でも、その奥には獰猛な鋭い眼が光っとる。初めて遠くからその姿を見ただけで、俺の全身が粟立った。そばに寄ることなんかできるわけがない。目でも合ってみい。ゲロ吐く。失神する。むしろ死ぬ。
 それから、若。五代目のお孫さんなだけあると思わされる噂話ばかりを耳にする。五代目の次に会いたくない人物。本家付きの人間に聞いた話では、子供の頃から訳もなくブチ切れて、何でもかんでもぶっ壊すようなお方らしい。しかも、大の大人が何人束になっても敵わんバケモンみたいな人で、暴れる若を止められんのは、うちの組長と、侠心会会長である田辺さんくらいのもんらしい。

 アホかと。うちの組長こそバケモンやないかいと。そんなんがゴロゴロおるとこなんぞ行ったら、心臓が何個あっても足らんわ。


「風見。なんや、気分でも悪いんか?」

「いえ、大丈夫です。ただ、情けない話なんですけど……本家に行くのは初めてなんで、緊張してます」

「お前らしいな。そういや初めてお前に会うた時もそんな青い顔しとったわ」

「勘弁して下さい、組長」


 俺ら結城組組員が、大人になった結城巽という人間に初めて会ったんは、3年前。先代が亡くならはって、お通夜や葬式やという時やった。

 雲の上の存在のような五代目の隣に立つ若い男。先代の面影があったから、すぐに先代の息子さんなんやってことは分かった。あまりにも自然に五代目と話す姿を見て、俺とは違う世界の人間なんやと一瞬で思わされた。

 そして、先代の顔を見ながら『思とったより早う逝ったなぁ。根性無いのう』と言い放った時の表情は、今でもはっきり覚えとる。
 ただの感想。そこには悲しみも寂しさもない。あまりにも淡々とした物言いに、怒りを露わにする組員もおる中、俺は真逆の感想を抱いた。

 まるで心酔にも似た感覚。この人の手で結城組は変わる。この人こそ、ついて行くべき人。俺はこの人に人生を賭けたい。
 そんな風に思ってしまった。


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