一生後悔するぞ
「…………何しとんねん」
再び雇ってもらえることになった喫茶店『Bluemoon』のカウンター席に、結城がおった。閉店作業のあと、俺がちょっとトイレに行っとる間に来たらしい。オーナーである結城が店におることは別に問題はないんやけど。
「コーヒーを飲んどる以外の何に見えるか聞かせてもらいたいもんやな」
優雅さすら感じさせる佇まいで、コーヒーを飲む結城はもちろんかっこええんやけど。それはそうなんやけど。
「それは俺が淹れたコーヒーちゃうんか」
「それがどうした」
「やっぱりな! 今すぐ飲むんをやめろボケ! それは、俺が初めて淹れたやつで、全然美味くなかったやつで、俺が責任持って全部飲むつもりやったやつやぞ!」
「せやからこそ飲んどるんやろが」
「何でやねん! どうせ飲むんやったらもっと美味く淹れれるようになってからにしてくれや」
「アホ。そんなもんこれからなんぼでも飲めるけど、お前が初めて淹れたコーヒーは今しか飲まれへんやろ。これ飲まんかったら一生後悔するぞ、俺は」
何やそれ。何やねん。
結城はずっとこんな調子で、いつも優しくて、甘い。せやけど、最近は……いや、俺の母親が生きとるっていう話を聞かされた日から、結城が俺に触れることはなくなった。
あの朝、結城の腕に抱かれて寝とったんが最後。結城の膝に座ることも、腰を抱かれて歩くことも、キスをされることもない。結城との間には、これまでにはなかった距離が常にある。
結城が俺から距離を取るのを目の当たりにするのが恐くて、俺は結城に近付けんくなった。
でも、結城の言葉はいつも優しくて、俺の想いはさらにでかくなった。
「とりあえず、横座れや。これ飲んだら帰るぞ」
結城は俺のことを大事に思ってくれとる。それは分かる。でもそれは、俺が欲しいと望んどる気持ちやない。
そばにおるのに、寂しい。結城のおかげで満たされた心に、またポッカリと穴が空いたみたいや。
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