頭良さそうに見えるやろ
自室のソファに腰を下ろした。シャワーを浴びて濡れた髪を適当にタオルで拭く。そして、今はもう掛けることが当たり前になっている伊達眼鏡を再び掛ける。
『頭良さそうに見えるやろ』
そう結城に言われて、実際に伊達眼鏡を掛けるようになってから何年経っただろう。少なくとも10年は経っていると思う。本人はただの冗談のつもりで、しかもそれを言ったことすら忘れている可能性が高いのだが。結城に言われたことは全て実行してやるという意思表示のつもりで、ずっと掛け続けているのだ。
軽く酒でも飲んでから寝ようかと考えていたところで、携帯が鳴った。相手は結城だ。
「はい」
「おう。今すぐ山下寄越せ」
「こんな時間にですか?」
「何でもええから早うせえ。10分以内に来い言うとけ」
せっかちなのはいつものことだが、滅多なことで慌てたり焦るような男ではない。にも関わらず、今はどこか焦っているような感じが伝わってくる。
「花月さんと何かありましたか?」
「……聞くな」
「ああ、なるほど。大体の事情は分かりました。花月さんが入浴を済ませるまでには山下を向かわせます」
「……お前、この部屋にカメラでも仕込んどんちゃうやろな」
「ハハハ……まさか」
「おい、めっちゃ嘘っぽいやんけ」
「では、すぐに山下に連絡をしますので。失礼します」
「おい! どっ……」
カメラなど仕込んでいる訳がないのだが、珍しく慌てている様が面白いのでそのままにしておく。部屋を虱潰しに調べでもしたら傑作だ。いい笑顔で笑ってやろう。
山下に連絡をしたあと、今度こそとウィスキーのボトルに手を伸ばす。
……手を伸ばせばいいのだ、結城も。花月さんを手に入れたいのなら。確かに花月さんは結城組にとって不安材料でしかない。私の立場からすれば反対するべきなのだ。けれど、そうしたくない。
あんなに愛おしそうな目で見つめて、あんなに大切そうに触れているのに、結城は花月さんから逃げている。好かれたいくせに、愛してほしいくせに。
だからこそ、逆に、応援したくなってしまうのだ。極道者だからと身を引こうとする幼馴染みの初恋を。
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