……そうか
「花月のことはずっと覚えとった。名前も、まだちっちゃい頃の顔も、声も、くれた言葉も、忘れたことはない。ただ、また会えるとは思ってなかったし、実際会う気もほんまはなかった」
「けど会いに来た。やろ?」
「それもお前からや。お前のバイト先やったとこのオーナーが、俺や」
「はっ?」
「あれは俺の店で、マスターとして働いてんのは俺の部下や。俺の気まぐれと、あいつの暇つぶしでやっとるだけやねん。そこへバイトさせてくれ言うてきたんが、お前。ほんまはバイトなんぞいらんねや」
「え……えー? けど俺……」
「履歴書見たらお前やった。だから雇った。しばらく見守っといたろくらいの軽い気持ちで、時給もシフトもええようにしたった。そしたら親父死んだ言い出すし、調べてみたら借金ごっついしで、さすがにほっとけへんくてな」
…………つまり、俺が行ってたバイト先。めっちゃ雰囲気がいいあの喫茶店。バイトの募集なんかしてへんかったけど、駄目元で雇ってくれって頼んだあの店が。
結城の所有物で。
知らずに俺はもう2年も働いてたんか。
「俺むっちゃダサイやんけ!」
大学上がってから時給が850円から900円になって、22時からは1100円やった。めちゃくちゃ好条件のバイトは、結城の計らいでしたか。そうですか。
「最初から俺は結城の手のひらの上やったっちゅーことか。かっこ悪すぎて悶えそうやわ」
「お前が身悶えしてんのは是非見たいところやけど、全部俺が勝手にしたことや。俺はなぁ、お前をしばらく見ときたかっただけで、今はそばに置いときたいだけや。金ばら撒いてお前を縛っとる。ダサさで言うたら、俺がいっちゃんダサいわ」
「……そんなに、嬉しかったん?」
「当たり前やろ」
「俺を助けてくれるくらいやもんな。そんなたった1回の出来事で。俺は何もかも覚えてないのにな」
「まあな」
「ごめんな。ありがとう。お金はきっと、一生かけてでも返すから」
「……そうか。返していらんけど、それがお前の意思なら、まぁ、しゃーないわな。利子は付けんと待ったるわ」
そう言うた結城の顔が、寂しそうで。まるで傷付いてるみたいで、俺は、見たくなくて目を閉じた。
- 61 -
[*前] | [次#]
[戻る]