やめろやー
「ちょっと屈んで」
ほらな。俺を屈ませるということは、俺に何かをしてくるということで。花月の手が俺に伸びてくるのは嬉しいのに、俺は大人しくされるがままになってやるように我慢せなあかん。
何をするんか身構えながら屈んだら、花月の手が俺の首に引っかかっただけの状態のネクタイに伸びて、それはそれは楽しそうに結び直された。
「さっきのネクタイ緩めたんかっこ良かったからもっかいして」
にっこり。そんな風に笑顔を向けられるともう何でも許したくなる。俺は要望通りネクタイを緩めて見せて、ついでに花月の頭に酔っ払いみたいに括り付けた。
「やめろやー」
「アホなことぬかすからじゃ」
ふざけた態度を取って、今すぐにでも抱きしめてめちゃくちゃにキスしてやりたい衝動を抑える。今度こそ着替えるためにクローゼットへ向かいながら、花月をチラッと横目に見ると、俺のネクタイを愛おしそうに眺める花月が目に入って堪らん気持ちになった。
花月が拉致られて、助けに行ったあの時。腕を縛られて、口にガムテープを貼られたあの姿、少し涙ぐんだ目を見た瞬間。俺は花月を手放そうと決めた。そして、俺がその場へ行ったことを『喜んだ』花月から目を逸らした。
俺なんかのそばにおったせいで怖い目に遭ったのに、そこへ俺が『助けに来てくれた』と感謝すらしてそうな表情に、ひどい罪悪感を覚えた。
『このガキのケツがそんなにお気に入りなんですかー? まあ俺らがさっき可愛がってやったからガッバガバだけどね』
その言葉が嘘やってことは分かっとる。
花月が強姦なんかされそうになったら、当然暴れて抵抗したやろう。たとえ両腕が縛られとったとしても何とかして逃れようとしたはずや。顔に傷一つなかったし、服も伸びたり破れたりしてへんかった。つまり何もされてない。分かっとるのに。
『絶対に抵抗すんな。捕まってもいらんこと言うて相手を煽んな。大人しいしとくんやぞ』
もしかして……。
そう考えてしまうのをやめられへん。俺が抵抗すんなと言うたせいで、花月は強姦ですらも無抵抗に受け入れたんやないか。
そんな訳ないって分かっとるのに。それを否定しきれん。しかもそれを花月に確かめる勇気もない。
スーツから少しラフな部屋着に着替えて、花月がおるソファに戻った。無防備に笑う花月を真っ直ぐ見られん自分が嫌やった。
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