……ありがとう
「……?」
応答が無い。もう一回押そうか迷ってたら、玄関の扉が勢いよく開いた。
「花月っ!」
飛び出して来たのは、綺麗な女の人。ああ、お母さんや。そう思った。
ギュッと抱きしめられる。ちょっと苦しいくらいの力強さに驚く。ふわっと甘い匂いがして、これがお母さんの匂いってやつかなって……なんか、感動した。
「ごめんなぁ……苦労かけてしまって、ほんまにっ……花月、花月。会いたかった……っ!」
俺の首元に濡れた感触がする。それがお母さんの涙やと気が付いて、それから、お母さんは俺の肩よりちょっと高いくらいしか背丈がないことに気が付いた。
こんなにも小さくて、細い女の人が、俺を産んでくれたお母さんなんか。そう思ったら、苦しくなった。
「……ありがとう」
無意識に感謝の言葉が口から出た。俺がちっちゃい頃から夢に見た、綺麗で優しいてあったかいお母さん。それが目の前に居てて、俺を泣きながら抱きしめてくれる。嬉しい。幸せや。……そう感じるのに。
それでも俺の目から涙が出る気配がないのは、さっき枯れてしまったからか。それとも失ったものの方が大きいからか。
泣き続けるお母さんを抱き返しても、俺の胸がいっぱいになることはない。こんなにも会えて嬉しいと思っとるのに、それでもやっぱり俺は、どっかで結城のことを考えてしまう。
結城は親父を失った俺を抱きしめて、ぽっかり空いた穴を埋めてくれた。家族がそばにおるようなあったかさを与えてくれた。恋人みたいな甘さと、刺激と、片想いの切なさを教えてくれた。
結城を失って空いた穴は、何で埋めればええんやろう。そんなことを思った。
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