言うとけアホ
「……俺のために何かする言うんやったら、料理の道に戻ってくれへんか」
それでも聞いてみる。料理の道をまた進んで欲しいから。もちろん、そばにおりたいと言ってくれる気持ちは嬉しい。でもこっちの人間にはなって欲しくない。山下やからこそ、止めさせたい。
俺の言葉を聞いて、しっかりと考えとるような雰囲気が頭を下げたままの姿から伝わってくる。
俺が肩に置いた手をどけると、山下が顔を上げた。もう出会った時みたいなグチャグチャやない、イケメンやと自画自賛するのも頷ける整った顔を綻ばせて。
「風見さんが優しいこと、俺知ってます。風見さんが俺を遠ざけようとする道やからこそ、俺はついて行きたいんです。……俺の料理は、風見さんが食べて下さい。それだけで、俺が腕を磨いてきた意味がありますから」
風見さん、風見さんと繰り返される度に、止めさせるという気が確実に萎んでいく。山下が頭を下げて、俺が止めようとする。そんなもんはただの茶番や。
『組長が山下を組に入れると決めたんやから』
俺はそれが頭にある。それを言い訳にできるし、したいという思いもある。たった1人でも、心から信用できる人間がそばにおってくれたらどんだけ心強いか。そう思うと、このまま山下を……
「風見」
組長が俺の思考を止めるように、俺の名前を呼んだ。
「はい」
「俺はもう決めた言うたやろ。お前が何を言うても、山下を組に入れるんは決定事項や諦めろ」
「組長……」
「ほんまにお前は真面目やのう。たまには俺を利用するぐらいのこと、でかい顔してしたったらええねん」
「……すんません」
「とりあえず事務所。建てろ」
そう言うて、組長は出て行った。それを見たかしらは軽くため息をついて、組長に続いた。
山下と2人残された会議室で、未だに床に膝を付けたままの山下に手を貸して立ち上がらせながら、俺は口を開いた。
「最初からなかなか大仕事や。ちゃんとついて来いよ」
「はい! ありがとうございます!」
「まずはお前の住むとこやな」
「え。また風見さんとこに置いてもら……」
「アホ、お前と同じ部屋でなんか住めるかい。ケツが心配でおちおち寝れもせえへんわ」
「ちょ、ひど! 襲ったりしませんて」
「はいはい。まあ何にせよ、最初は組長のお宅で世話になる。必ず通る道や。雑用こなして、周りの組員に厳しさ叩き込まれて来い。嫌になったらさっさと逃げろ。後始末は付けたるから」
「そういうことですか。ほんなら俺、頑張りますよ。待っといて下さい。いつか必ず、風見さんの右腕になってみせます!」
「言うとけアホ」
そばにおってくれたら嬉しい。極道に関わらせたくない。矛盾する俺の思いは消化されんまま腹に溜まった。
山下をそばに置いても、距離を取っても、どっちにしたって後悔することは目に見えとる。でもおそらく、いや絶対に、そばに置く方があとが辛いはず。
それが分かっとるくせに、山下の希望を尊重したような顔をして自分の望みを叶える俺をどうか許して欲しい。
ごめんな。ありがとう。
end.
2014.01.08 完結
- 129 -
[*前] | 次#
[戻る]