……何やこいつ？
「……何で、こんなことするん？」
ほんまは怖い。目の前に山下さんを刺した奴がおって、しかも俺は縛られて身動きも取れへん。でも、今どこかも分からんこの場所で１人にされるんも恐い。
こいつがおらんなって、もし別の奴が入って来たら？ それで何かされたら？
考えたら泣きそうになる。だから、無傷で帰すって言うたこいつにおってもらうんが、今は一番ええ気がする。
「なぜ、か。そうだね。まず俺と他の２人は目的が全く違うということを言っておくよ。あいつらは、結城巽に個人的な恨みがあって、復讐をしたいんだって。馬鹿だよね。そんなこと考えるなんてさ」
「何で？」
「だって相手は結城巽だよ？ 彼が結城組を継いだ時の話を知ってる？ 彼は粗野で残忍で、自分の欲望のためなら邪魔な人間を簡単に殺すような男だ。彼は結城組を継ぐためだけに生きてきた。人を脅すことも、痛めつけることも、殺すことだって、そのノウハウを隅から隅まで学んでいるはずだよ。現に、このご時世で結城組はすごくうまくいってる。裏でよっぽどの汚いことをしているんだろうね。まあ俺はそれを咎める気は全くないけど。つまり何が言いたいかっていうと、ただのチンピラには結城巽を脅かすことなんて不可能ってことさ」
「じゃあ、何でお前はこんなことしてんねん」
「俺は結城巽に刃向かう気なんてこれっぽっちもない。目的さえ果たせれば即座にトンズラするつもりだしね。もちろん君を傷付ける気もない。俺はね、単に会いたい人がいるだけなんだ。会って、少し話をしてみたいんだよ。だから、野田組にちょっかいを出したんだ」
「じゃあ何で攫ったんが俺やったんや」
「君は自分の身を守る術を持っていないから。自分の身一つ守れないような人間が、あんな恨みを買う男のそばにいたら危ないよ？ 今後は対策を練った方がいいね」
「でも、俺を攫ったところで、結城には何の問題もなかったら？ それがどうしたで終わったら？」
「そうだね。その可能性は十分にあると他の２人は考えてるよ。だから無事に帰りたいなら、余計なことは喋らない方がいい。君にはあまり価値がないと思わせておくんだ。『柳園花月を攫うことなんて結城巽へのからかい程度にしかならないけれど、嫌がらせにもってこいじゃないか？』って俺が提案したことだから、あいつらは君を重要視してないしね。ただ、俺は君を攫うだけで結城巽を釣り上げることが可能だと考えてるよ。そして、俺の会いたい人もね」
きっと結城は俺を助けに来てくれる。だってそう言うてくれたもん。『絶対に俺が助けに行く』って。
でも結城が来てしまったら、結城は危険な目に遭わされるんかな。俺が捕まってしまったせいで、結城に何かあったら……嫌やな。俺がもっとちゃんとしとったら、こんなことにならんかったんかな。
「それで、お腹は空いてるかな？」
「……空いてない」
「ほんとに？ 晩ご飯、まだ食べてないよね？」
「１食くらい食わんでも平気や。変なもん入ってるかもしれんのに食う気にならん」
「まあ、無理にとは言わないけどね。あと、こんな状況だけど不安にならなくてもいいよ。結城巽は確実に君を助けに来るだろうし、それまでは俺が君を守るから」
……何やこいつ？ 訳分からん。
でもこういうのってあれや。誘拐犯をうっかり好きになってまうやつ。あかんぞ。こいつは悪い奴やないとか考えんなよ、俺。
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