いやんエッチ
「そこ座って待っとけ。救急箱取って来る」
車の中でも、今も、そいつはあんまり喋らんかった。俺もおもろい話ができるわけちゃうし、沈黙が気まずいとか思う人間やないけど、どうやらそいつは俺とは違うようで。景色を見たり、俺の方を見たり落ち着きないし、マンションに着いたら着いたでキョロキョロ、キョロキョロ。ほんまに忙しない。
なんか鬱陶しくなってきたし、気まぐれもここまでにして手当てが済んだら放り出そうと思った。
「おら、こっち向け」
隣に腰掛けて、まず顔の手当てから始める。傷口に消毒液が沁みて顔を歪めると、さらにどっかが引き攣って痛むらしい。くだらん因縁吹っかけられただけでここまでされたんは気の毒と言うしかない。
「俺の顔どんなんなってる?」
「控えめに言うて、グチャグチャやな」
「嘘やん。俺ほんまはイケメンやのに」
「それがネタかマジか分からんくらいにはなってるわ」
鼻は折れとるし、目は両目とも腫れ上がってほとんど開いてない。頬も額も地面で擦れたんか傷だらけやし。原型を留めてそうな部分が見当たらん。眉毛ぐらいか?
「身体はどうや? 顔がこれやったら身体も結構やられとるやろ」
「ああ、大丈夫大丈夫。どっこも骨は折れてないと思う。ちゃんと動くし」
「……シャツ脱げ」
「いやんエッチ」
「やかましいわ。さっさと脱げ」
何となく身体を見せようとせえへんことに違和感を覚えて、シャツの裾を半分無理矢理捲り上げた。
赤黒い痣だらけの身体に、言葉を失う。たかが女1人のことでここまで痛めつけるか。怪我ぐらい見慣れとるとはいえ、堅気のガキがこんな目に遭うのは許せへん。
「お前やったんどんな奴やってん。人相は? 年は? 名前とか聞かんかったか?」
「いや名前は聞かんかったな。あ、でもヤクザがバックにおってどうこうとか言うてたような気がする。何やっけ……ゆ、……ゆうき組やったかな」
「結城組ってほんまに言うたんか?」
「いや、ちょっと自信ない。ゆ、から始まるやつやったとは思うんやけど」
「十分や。捕まえんの協力してもらうぞ。思い出せること全部教えろ」
「え? 何でわざわざ?」
「俺が結城組の組員やからや」
表情なんか分からんようなグチャグチャの顔が、それでも引き攣ったのが分かった。
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