俺とそいつの場合
……キスをした。所謂ファーストキスというやつだ。ドラマや映画で見るようなものをマネして、少し口を開いた状態で相手のそれにくっつけた。
唇同士が触れた瞬間、柔らかい粘膜に脳を支配されたみたいに、全身がピリピリと刺激されて、離れたくねえってこと以外考えられなくなる。
それでもなんとか自制して唇を離した……んだけど。
「駄目だ。まだ足りない」
そいつはそう言って俺の項を掴んで、顔を近付けてきた。今度は相手からキスをされる。驚いている間に、俺の口の中に熱い粘膜の塊が侵入してきた。それを舌だと認識できた頃には、もう俺は陥落していた。
俺の口の中を自由に動き回る舌に、上あごや歯を余すところなく舐められる。逃げ腰だった自分の舌を絡めにいく。舌先同士でくすぐり合うと何とも言えない快感が駆け巡った。
「キス、好きなのか?」
少しだけ唇が離れた間にそう聞いてくるそいつの顔に色気があり過ぎて、ちょっとマジでやばい。
このままでは教室で大変恥ずかしい状態になりそうで、俺は理性の限りを振り絞って、そいつから身体を離した。
「……かもな」
嘘だ。初めての刺激に、思春期真っ只中の俺の脳みそは『もっともっと』と叫んでいる。
初めて姿を見たのは、中等部の頃だった。中等部1年の3学期。来年度の生徒会員を決める選挙の日。俺はこいつに一目惚れした。
相手はA〜Fの中で、上から2番目に優秀なBクラスの生徒。一方、俺は下から2番目のEクラス。
それでも、どうしても、友達くらいにはなりたくて、死に物狂いで勉強をした。そして中等部3年でCクラスに、高等部に上がると同時にBクラスになれた。
見た目はだらしないと自覚している。家柄も世間一般じゃいい方でも、この学園では下の上ってところか。一方相手は、どこから見ても好青年の優等生。家柄は上の下あたり。実際、同じクラスになるという目標を達成しても、余計に距離を実感するだけだった。
『ねえ君、中等部まではBクラスじゃなかったよね?』
同じクラスになって数日後、見ているだけで十分だったそいつから話しかけられた。
驚いた。なんて言葉では表せないくらいの驚愕。もはや天変地異。それからもクラスで浮いている俺に気を使ってくれて、なんだかんだと一緒にいて、友人だと認識されるようになった。俺にとっては奇跡以外の何ものでもないし、この上なく幸せだった。
『僕は君が好きだ。僕を友人ではなく、恋愛の対象として見てくれないか』
と言われた時には、パニックに陥った。そんな風に俺を見ていてくれたのだと思うと、感動で涙が出そうになるくらいだった。というか、その日は寮でこっそり泣いた。
それからというもの、俺は普通に過ごすことさえできなくなった。教室でそいつに見られていると思うだけで、羞恥で発狂しそうなくらいだった。目を合わすなんて以ての外。話し掛けることなど到底不可能。
両思いだと思った途端に、片思いの時以上に、意識してしまったのだ。
「何を考えているの?」
「え! ああ、いや、別に何も」
「さっき言ったことだけど」
「あ? さっき?」
「僕と寝る」
「!!!」
ドカン! と噴火したみたいに、俺の顔は赤くなっただろう。熱が集中しているのが分かる。
「君からキスもしてくれたし、OKってことだと思っていいのかな?」
「バ!! ……ッカかてめえ! そんな、恥ずかしいこと……っ!」
「恋人になったんだし、普通のことだと思うけど」
「こ……!? いびと……!」
「それに、君が言った通り僕に長年想いを寄せてくれていたのなら、僕でそういう想像くらいしたことあるよね?」
ある。
何千回も想像はした。
「もちろん僕もしていた。だからこそ聞いておきたいんだ。僕と君、どっちが上かな?」
俺。
……って言えない雰囲気?
「俺……じゃねえの?」
「僕としては、君を抱かせて欲しいんだけどね」
「きめえこと考えんなよ! お、俺がお前にだっ、抱かれるとか! ねえだろ!」
「僕の中では大いにありだよ」
「ちょ! 落ち着け! もっとよく考えてみろ!」
「僕は落ち着いているよ。でも、そうだ。もう少し考えてみようか。君が、僕の下でどんな顔で善がって、どんな可愛い声を聞かせてくれるだろうかって」
「やめっ! やめろおお!!」
俺らの場合。
次のステップに進むには、まだ年月が必要のようだ。
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