夏の夕立ち


「……行くなよ。まだ帰りたくねえんだ」


 何とか声にした言葉は滑り落ちるように、俺の手と一緒に振り払われる。
 離れたくない。放したくない。例えば、数時間だって数分だって、顔を見なくちゃ落ち着かないんだ。


「いい加減にしろって」


 呆れ顔で俺を見る俺と同じ顔。俺の双子の弟。


「もう俺ら、お互い依存すんのやめようぜ。恋人ごっこみてえなことも、もう終わりにしよう」

「……ごっこ……?」

「だってそうだろ。男同士で、しかも双子って。笑えねえよ」

「俺は、お前も俺を好きでいてくれてるんだと思ってたよ。確かに普通の恋人にはなれねえけど、お互いに求め合ってると思ってた。……今までの全部、俺の独りよがりかよ」


 雨が降る。
 最初はポツポツと。途端に本降りになる。
 屋根のあるバス停のベンチに座っている俺とは違い、屋根より外に立っている弟は髪から雫が垂れるくらい濡れていく。


「とりあえず屋根の下入れよ。なぁ、こっち来いって」


 手を引こうと立ち上がると、俺から距離を取るようにさらに一歩下がる。そして俺を睨み付けて、口を開いた。


「……お前の言う『好き』って何だよ? 本当に俺が好きか? 違うだろ。……お前が好きなのは、お前自身だよ」

「……」

「俺を巻き込むなよ。……帰るわ」


 遠ざかって行く後ろ姿を、ただ目で追うことしかできない。着ている制服のシャツはびしょ濡れで、下のTシャツが透けて見えている。

 ……本当にそうか?
 俺のこの『好き』という感情は、ただの依存なのか?


「……わかんねえよ」


 俺は走った。遠ざかる背中を追う。勢いよく降る雨が顔にかかって鬱陶しい。だけど嫌だった。このまま見送ってしまえば、完全に終わってしまう。

 びしょ濡れになりながらも、追いついて肩を掴んだ。


「離せよ」


 落ち着いている声色とは裏腹に、強く身体を捩って手を振り払おうとする。


「俺の話も聞けよ! 頼むから……お前を失いたくないんだよ」

「……そうやって、俺に期待させんなよ! お前は1人になりたくないだけだろ。お前は俺を見てない。俺の気持ちなんて、お前には分かんねえだろ!」

「……ッ!」


 逃がすまいと腕を掴んでいた手を、乱暴に叩かれる。俺はカッとなって、力づくで抱き締めた。逃げられないように、離さないように、思いきり。


「……離せって。こんなモロ住宅街でふざけんな。人が来たらどうすんだ」

「離さねえ。俺はお前を一生離すつもりはねえんだよ。依存かもしれない。自己愛かもしれない。けどよ、……好きなんだ。俺の隣はお前で、お前の隣は俺じゃないと嫌なんだよ。他に何もいらねえから、お前に触れていたいんだ」

「……じゃあ、キス」

「キス?」

「気付いてねえの? お前からキスしたことないって」

「え……そう、だっけ?」

「キスしたいって思ったことねえんだろ?」

「いや、え? てことはさ、今まで全部お前からキスしてたってこと?」

「……そうだよ」

「……まじか……ははっ!」


 笑いが込み上げてくる。拗ねたようにむくれた顔も、そのあと照れて赤くなる顔も愛おしくて堪らない。


「笑いすぎなんだよ、ボケ!」

「ごめんごめん。あー、笑った。……あのさ、好きだよ。ほんとに。外でさえなきゃキスもそれ以上のことも今すぐしたい」

「ほんとかよ」

「今日、どっか泊まろうか。イチャイチャしたい。朝までさ。……いい?」

「なに急に。積極的じゃん」


 照れすぎてもう俺の目を見られなくなったのか、そっぽを向いている。でも、そのせいで真っ赤になった耳が丸見えだ。


「俺からキスしたことがねえってことは、俺がしたい時にはお前もしたかったんだってことだろ? じゃあ今、我慢する必要ねえよな?」

「……!」

「お前も今、俺と同じ気持ち、だろ?」


 いつの間にか雨は止んでいて、残ったのは無駄に濡れた男が2人だけ。顔を真っ赤にしながら強がっているこの可愛い弟をどうしてやろう。
 でもとりあえずは、雨に濡れた身体を暖め合おう。甘い言葉を囁きながら。





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