僕と君の場合
「ああ、それ。もういい」
「え。……え?」
「気の迷いって言うのかな。とにかく前に僕が言ったことは取り消す。なかったことにして欲しい」
『僕は君が好きだ。僕を友人ではなく、恋愛の対象として見てくれないか』
そう言ったのがおよそ2ヶ月前。それからというもの避けに避けられ、話しかけることはおろか目を合わせることさえできなかった。
引かれた。
そう思うのに時間は掛からなかった。
「な、なかったことにって。何だよそれ!」
「言葉の通りだよ。僕が言ったことは綺麗さっぱり忘れてくれ」
それで僕たちの関係が元のように戻るのなら、自分の感情など押し殺せる。
初めから、伝えるべきじゃなかったんだ。
「俺は、今日こないだの返事をしようとだな!」
「してくれなくていい」
まるで傷付いたような表情を見せる。そういえば、こんな顔は初めて見たかもしれない。と言っても、これまで傷付けるようなことも、最近は顔を見ることすらもしていなかったのだけれど。
「待てよ。何なんだよ。人を振り回すのもいい加減にしろよ。冷めたってことかよ? 俺が、変な態度取ったせいか?」
「いや、冷めたというか、……おい。泣いて……?」
「ねーよ!!」
「どう見ても泣いているだろ」
「泣いてねーし! 全部お前のせいだからな! お、俺は、……クソッ。バーカ!!」
でた。
『バーカ!』
「分かった。僕が全部悪かった。だから泣くな」
「分かってねー!」
「何なんだ。怒鳴ってないでちゃんと話せよ」
見た目が不良っぽい彼とは、同じクラスになるまで一切接点はなかったし、興味もなかった。しかし、高等部に上がった春に彼を教室で見た瞬間、強烈に惹きつけられた。
最初は好奇心だけだった。家柄と成績でクラスが決まるこの学園では、別世界の存在のようなAクラス連中は置いておいて、Bクラス所属でも十分に学年の上位者と言える。そこに、学園最低ランクであるFクラスの生徒のような外見の人物が現れたのだ。
クラスメイトが彼を遠ざける中、僕は声を掛けた。彼はそれに応じ、自然と常に行動を共にするようになった。それから2年。いつしか僕は彼に恋情を抱いていた。
「俺は、確かに最近お前の顔をまともに見られもしなかったし、シカトし続けたけど……お前のことが嫌だった訳じゃなくて、俺一人で舞い上がってただけだ。……ずっと、そばにいられるだけでいいと思ってたのに、急にお前が……あんなこと言うから、どうしていいか分からなくなったんだよ!」
「……つまり?」
「つまり!? だから、……お前が好きだってことだよ! 分かれよ!」
「君が? 僕を?」
「しかもお前より俺の方が片想い歴は長えんだぞ! 中等部の頃からだぜ? もうずっとだ。同じクラスになりたくて、毎日毎日勉強しまくったって言っ……うわ!」
僕は彼を抱きしめた。
「うおおい! てめえ何し……」
「黙って」
僕は彼を強く抱きしめた。途端に彼は大人しく、というよりカチコチになった。
「何で早く言ってくれなかったんだ?」
「言えるかよ。俺は友達になれただけでも満足っつーか、奇跡っつーか……」
「違う。僕が君に好きだって言ったあとにだよ」
「……なんか、妙に意識しちまって……どうしていいか分かんねえで、グチャグチャしてる内に、2ヶ月経っちまったんだよ」
何てことだろう。この2ヶ月は、いや僕らが片想いをしてきた長い月日は、勇気さえあれば恋人として過ごせたというのに。
「……僕と寝ないか」
「は!? はあああ!? 何言ってんだてめえ急に!!」
「思ったことを言っただけだ。お互い奥手になっていたらキスすら永遠の先にあるように思える。だから言う。僕は君が好きだ。君にもっと触れたい」
真っ赤になった君の顔が、下を向いて縦に揺れた。噛み付くように唇に触れたのは、君の方からだった。
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