降水確率
○月×日△曜日。晴れ。降水確率は10パーセント。
……だったはずなのに。
地面はポタポタと落ちる水を吸い、深い色に変わる。俺の足元にだけ降るその雨は、嗚咽と共に激しさを増す。
「……泣くな」
「ごめっ。ご、めん……っ」
『他に好きな人ができた』
と、言ったのはお前の方で、別れを切り出したのも、お前の方。
泣きたいのは、俺の方だ。
「ま、なんつーか……今までありがとな。じゃあな」
「まっ、待って! やだ!」
……何が?
嫌な気分なのは俺のはずだ。
確かに、俺は優しくはなかったかもしれない。仲間と遊ぶのを優先したことだってあるし、構うのが面倒だと感じたこともある。
それは、当然だろ?
『世界で一番大好き』
なんて甘い言葉を吐いて、誰よりも何よりもそいつを想って、想い抜いている奴を俺は知ってる。
そんな生き方を幸せと感じているのかもしれないが、俺から見れば、そんな生き方しかできない奴は不幸だ。
これは俺の人生だ。
全てを捧げるなんてこと、できるはずもない。
でも俺は俺なりに、想ってきたつもりだし、大切にしたつもりだ。
それ以上、俺に何を望む?
『他に好きな奴ができたから別れて欲しい』
と言われて、
『今までありがとう』
と言った。
これ以上、俺に何ができる?
「…………」
「やだ……。俺のこと、好きじゃなかった……?」
……何の話だ。
好きだったか、好きじゃなかったか。今、そんな話をして何になる?
「……お前さ、何がしてぇの? 他に好きな奴がいんだろ? 俺と別れてぇんだろ? 何が嫌なんだ? 引き止めて欲しいのかよ? 抱きしめて、俺以外の奴んとこに行くなって言えば満足か? それともお前は俺とそいつと二股でもかけてぇのか?」
「ちがっ……!」
「じゃあ、何だよ? 何が嫌なのか言ってみろよ」
「俺、俺は……! もっと、」
「もっと?」
「もっと……無様な姿を見たかった。俺のことで、もっと必死に……かっこ悪いとこ見せてよっ」
「…………」
「も……やだ」
「…………、……ざけんな。帰る」
『他に好きな人ができた』
と、言ったのはフェイクで、嘘泣きで俺を試したってか?
俺が、お前を安心させてやれる程、大切にしなかったのは事実で、せこいことをさせてしまったのは俺のせいかもしれない。
全てを捧げるなんてことできるはずがないと馬鹿にしながら、そんな生き方を俺はどこかで羨んでいたのかもしれない。
もしも俺が、変な自尊心やだせぇ虚栄心を捨てることができていたら、あいつを泣かせずに……あいつを失わずに済んだだろうか。
『好きな人ができたなんて嘘だよ』
そんな未来も手の届くところに用意されていたのに。
○月×日△曜日。晴れ。降水確率は10パーセント。
俺の足元にだけ降るその雨は、失った思い出を黒く染めていく。
俺の頬を濡らすその雨は、長い間目を瞑ってきた愚かさを、洗い流すことができるだろうか。
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