お菓子メーカーの策略
初等部からずっと男子校で、当たり前だけど周りは全員男で、中等部くらいから女みたいな男もチラホラ現れ出したけどそれでもやっぱり男ばっかで、せっかく野球部に在籍してるのにマネージャーまで男。とにかく俺の人生男まみれだった。
だけど、毎年バレンタインデーってやつはやってきて、俺の通う学園では男しかいないのにバレンタインデーのイベントなんていうものまであって。でもそんなのは顔のいい奴とそのファンだけが参加してりゃいいと思ってたし、バレンタインデーなんか俺には関係ないと思ってた。
……なのに。
今日、2月14日。俺の机の中に、チョコレートらしき包装された小さな箱が、入っていた。何かの間違いじゃないかと思ったけど、ご丁寧に俺宛だと分かるようメッセージカードまで付いていた。
嬉しくない。真っ先にそう思った。
男にバレンタインチョコなんか貰ったって、どうしようもない。男から好意を持たれてるなんて知りたくなかった。正直、ゾッとする。
二つ折りになっているメッセージカードを恐る恐る開いてみる。どんなメッセージが書かれているのか、差出人は誰なのか、知りたいようで、知りたくないような……でも結局は、知っておいて対処すべきという考えが働いた。
『すきです』
シンプルな四文字。全部ひらがなで、しかも汚い。差出人の名前は、見なくても分かった。こんな不細工な『す』を書く奴は一人しか知らない。
初等部からずっと野球部で、真面目でいい後輩だと思っていた。いや、野球部の中で一番親しいのがそいつだ。誰よりも馬が合う。自主練にもよく付き合ってくれて、次の大会へ向けていつだって切磋琢磨してきた。
その、つもりだった。俺は。
そんな感情を向けられているなんて知らずに。そういう感情を持っていたから、だから俺に合わせていただけなんじゃないのか。
純粋に野球に励んでいなかったのかと、裏切られたような思いで、いっぱいになった。
今日からどんな顔をして、部活に出ればいいのか。そんなことをぐるぐると悩んでいる内に放課後になってしまった。足取りは重い。それでもいつも通りの時間、誰よりも早く、部室に行かなきゃならない。部室の鍵を所持しているのは俺なんだから。
鍵を開け、部室内の自分のロッカーに鞄を入れる。ふう、と一息ついた時、部室のドアが開いた。自然とそちらに向いた視界の中に、今朝、俺の机の中に問題のブツを入れた、問題の後輩が立っていた。
「おう」
「……お疲れ、様です」
「何突っ立ってんだよ。早く着替えろよ」
なんでお前の方が気まずそうにしてんだよ。俺がせっかく何もなかったみたいにしてんのに、台無しじゃねえか。
「見て、くれましたよね。チョコ」
「あ、ああ。まあな」
何もなかったようにするのは逆効果だったらしい。そんな不服そうな表情は初めて見た。
「……俺は、先輩が好きです。先輩が男を恋愛対象として見てないってことは知ってます。だから、付き合うとか、そういうことを望んでる訳じゃないんですけど、俺の気持ちを知っていて欲しくて。だから、何ていうか、そういう態度は……今までと同じじゃ、嫌なんです」
「じゃあどうしろってんだよ。気持ちわりいって避ければいいのか? お前の自己満足に付き合うつもりはねえんだよ」
「それでもいいです。俺は、それが先輩の答えだっていうなら、いいです」
何言ってんだ、お前。俺達は同じ野球部で、チームメイトだろうが。なのに、避けられてもいい? お前の部活への思いは、そんなもんかよ。
「ふざけんなよ。俺は野球がしてえんだよ。避けれるわけねえだろうが」
「じゃあ……先輩が卒業するまででいいです。好きでいさせて下さい。俺が先輩を好きだってこと、忘れたり、知らないふりしないで下さい。それでできれば……誰とも、付き合ったりしないで下さい」
「はぁ?」
「あと一年、その間、俺は先輩を好きだってことを隠しません。それを許して欲しいだけです」
よく分からないが、頷いた。別に今までとそう変わらないだろうと軽く考えてた。
……でもそれは甘かったんだって気付いたのは、わりとすぐあとの話。
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