僕らの場合


「あー、悪い。もうちょっと待って。まだあいつ起きたばっかでさ」

「大丈夫だよ。気にしないで」


 授業がある日は毎朝、僕が彼の部屋までこうして迎えに来る。せっかく全寮制の学園にいるのだから、晴れて恋人同士になった彼と同じ部屋になれたら……なんて、考えないでもないのだけれど、現実はそう簡単ではない。
 自分が同室になれないからか、中等部から同室なのであろう人物の『悪い』という謝罪の言葉に腹が立つ。彼の言葉を代弁されると、まるで僕よりも彼と親しいのだと言われているようだ。僕が彼の恋人なのに。

 彼から僕のことをずっと好きだったのだと聞かされた時は、嬉しいなんていう言葉では表せない程、満たされた気持ちになった。
 僕のために、僕のそばにいたいという一心で、苦労して同じクラスになってくれたのだ。嬉しくないはずがない。
 しかし、一度満たされた心にも、しばらくすれば不満が募る。いつまで経っても僕らは、以前のままだ。彼は周囲に恋人同士だと明かす気はさらさらないようだし、キスだって僕から誘わなければしないし、それ以上の接触なんてその気配すらない。それ以上の行為……その際にどちらが主導権を握るのかという点において、僕は引く気が全くないので最終的には彼に折れて貰う以外にないのだけれど、そのせいで、彼は僕との関係に消極的なのだろうか?

 悶々と考えに耽っていると、制服に着替えた彼が慌てた様子で部屋から出て来た。


「悪い! 寝坊しちまった。あいつら誰も起こしてくんねぇし。ほんと、待たせて悪かった」

「構わないよ。朝ご飯、食べに行こうか」

「おう」


 朝、迎えに来て、一緒に朝食を摂る。そして、一緒に教室に向かい、授業を受け、寮に帰る。夕食を摂って、また明日と言って別れる。
 ……その繰り返し。

 一番腹が立つのは、夕食後に僕と別れてから、彼が不特定多数の生徒の前に裸体を晒しているということだ。
 僕が使っている浴室付きの二人部屋と違い、浴室が無い四人部屋の彼は、毎日寮の大浴場を利用している。つまり、恋人である僕ですら見たことのない彼の身体を、見たことがある生徒が複数いるということだ。もちろん、さっき僕に対して『悪い』とのたまった同室者も見ていることだろう。


「……僕も今晩は大浴場を使おうかな」

「はっ?」

「君は今晩、何時頃にお風呂に入るつもりなの?」


 こうなったら、僕も大浴場を利用して、彼の身体を見るしかない。


「お前は部屋に風呂付いてんじゃねぇか。何言ってんだ」

「部屋に付いているからと言って、大浴場を使ってはいけないなんてことはないだろ?」

「やめとけって。まじで」

「君に止められる筋合いはないと思うけど」

「なあ、もしかして、なんか機嫌悪い? さっき待たせたこと怒ってんの?」

「そんなことは、ないけど」


 待たされたことは怒っていない。だけど、機嫌が悪いことは否定できない。


「ごめん。悪かった。怒ってんならそう言って。でも、頼むから大浴場に入んのは勘弁してくれ」

「なぜ?」

「分かんだろ。……お前の身体見られんの嫌なんだよ」


 そう言った彼は、まだ起きてもいないことを想像しただけでとても悔しそうな表情を浮かべている。こんな風にはっきりと分かるように好意を示してくれると、すごく嬉しい。


「ねぇ、僕もそう思ってるって考えないの? 僕だって、君が大浴場を使ってるのが嫌なんだよ?」

「お、俺はしょうがねぇだろ。部屋に風呂ねぇんだから」

「じゃあ、こうしよう。今晩から君も僕の部屋の浴室を使うことにする。ね? 名案だと思わない?」

「いや、でも、じゃあ使わせてもらうわとはなんねぇだろ」


 君が僕の部屋の浴室を使うようになれば、お風呂上がりの君を独り占めすることも、なんなら一緒に入ってしまうことだってできる。お互い触り合うくらいなら、彼だって抵抗無く付き合ってくれるはずだ。


「今まで以上に一緒にいられる時間が増えるし、僕は是非そうして欲しいんだけど」

「そうか? ……そうだな。じゃあ、お前の同室の奴に聞いてみてくれよ」

「うん。分かった」


 僕の邪な考えに気付かないで、僕の同室者を気遣う君が可愛い。ああ、早く夜が来ないかな。次の朝じゃなくて、夜が待ち遠しいなんて、初めてのことだ。
 僕らはこうやって、ゆっくりゆっくり距離を縮めていくのだろう。とにかくまずは、君の身体を見るところから。





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