山田一郎
始業式が終わるまで職員室で高田先生と囲碁をうった。ルールブック片手にハンデ有りではあったが、勝てて満足。漫画も面白かったけど、実際やってみると思った以上に奥が深くて面白かった。
入部しろとうるさい高田先生をなんとか宥めて、1−Aの教室に向かった。
「今日からこのクラスに入る栗原だ! ほら自己紹介!」
「栗原鈴音です。よろしく」
ザワザワする1−Aのクラスメイト達は、俺に対する中傷をわざと聞こえるように口にする。
くぬヤローどもが。なにがハズレだコラ。ハズレって言うのが流行ってんのか? おぉ? オタクで悪かったな。俺流ファッションだコノヤロー。
「えーっと席は後ろの……」
「鈴音っ! ここここっ! 僕の隣座るさー! ほらあんたはどいて。空いてる後ろの席行くさ」
なんと高田先生の言葉を遮って、勢いよく立ち上がった小麦。しかも、元々隣の席に座っていた生徒を、俺が座るはずだった席に無理矢理代わらせた。
かわいそーじゃん。あれ? あいつちょっと涙ぐんでね?
「鈴音、なにボーっとしてんだよ。早く来いよ」
「お。空牙じゃん」
「俺も隣だ。よろしくな。ほら、座れよ」
「おう!」
再び教室がザワつく。
『なんであいつが冴島様と喋ってるの?』
『小麦くんと知り合い?』
『なんであんな奴が』
そんな声が教室中に広がった。俺が空牙や小麦に迎え入れられていることが信じられないという様子。
そんな教室の雰囲気は意にも介さず、高田先生は自分の言いたいことだけ言って、教室から出て行った。
「明日からは授業が始まるからな! ちゃんと予習して来いよ! 連絡事項は特になし! ホームルーム終わり! 帰っていーぞ! また明日!」
えぇー? 早ぇー。
冬休みの宿題集めるぞー! とかはないの? お坊ちゃま校には宿題すらないの? 俺が読んだ漫画には長期休暇中は大量の宿題があったけど?
空牙と小麦の間の席でキョトンとしている俺に、緑色の頭をした生徒が近づいて話しかけてきた。
「よー編入初日からバリ目立ってるやん。みんなお前に興味津々やで?」
あ……。同じクラスかよ?
「はじめまして、よろしゅうな? 俺は山田一郎や」
『やまだいちろう』?
なんつー偽名っぽい名前だよ。もっと他にあっただろ。考えろよ、馬鹿。
「よろしく、イチロー?」
ここは当然、初対面のフリ。たとえ山田一郎とか名乗ってる馬鹿が5才の時からの知り合いであっても。それが小さい頃から教育されてきた基礎中の基礎ルール。
組織でたたき込まれてきた、組織のルール。
「一郎、今日は来てたのか」
「なんや、くぅちゃん気付いてへんかったんかいな。ひどいなぁ」
「ねぇねぇ、みんなでお昼食べに行くさー!」
「あ? お前ら友達なの?」
「まぁな。俺と小麦は同室やし、くぅちゃんとはなんとなぁ馬が合うねや」
「へー? そうなんだ? メシだけどさ、俺、タ……じゃねぇや、野田狼と食う約束してんだけど」
またザワつく教室内。ザワつくとかいうレベルじゃないかも。叫ぶって言った方が近いかもしれない。
そして全員が教室の出入り口を見ているようだ。
「鈴音っ! ごはん食べに行こ!」
なんだよ。タロが来ただけじゃねーか。ビビりすぎだっつの。あんなに可愛く笑って俺をメシに誘ってるってのに。分かんねぇかな、あの可愛さが。
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