犬やら猫やらの皮




 6時になり、寮の正面口が開かれた。寮長がその場から離れたのと、他に誰もいないことを確認し、寮に入る。
 1階にあるトイレでカツラと眼鏡と黒のカラコンをつけ直してから部屋に戻った。ドアを開けると、玄関先に腕を組んだ空牙が立っていた。なぜか仁王立ち。


「ずいぶんお早いお帰りだな? どこに行ってた?」

「お前意外と早起きなんだなー。まだ6時だぞ? どこって、とりあえず探険? まー色々だよ、色々。風呂入るわ、俺」

「あ? 風呂?」

「だって俺、昨日入ってねぇし。あ、そうそう! 俺お前に聞くことあったんだ。洗面所とか風呂に俺のもん置いていいか? シャンプーとか、歯ブラシとか」

「そりゃ、もちろんいいけど……」

「サンキュ!」


 空牙の横をすり抜け、洗面所に入った。これまた素敵なお風呂場ですこと。


「あー、タオル類は学園のものだから、自由に使えよ。洗濯は毎日業者がやるから、1206ー2って書いてある袋にまとめて入れて、このフロアのエレベーター前のクリーニングポストに入れておけば、次の日には部屋の前のボックスに入ってる」

「オッケー! 1206ー1の袋はお前のなんだな?」

「おう。お前の準備ができたら食堂行こーぜ」

「おー!」


 空牙の説明を受けてから、洗面所を出て、私室に向かう。お風呂に入るのに必要なものを取りに行くためだ。

 えーっと、歯ブラシと歯磨き粉だろ。違うの使うとオエッてなるからね。
 さっき闇屋から買ったシャンプーとトリートメントと、愛用の洗顔フォーム。これじゃないとカサカサになる。それから制服と下着と、靴下。あとは、新しい黒のカラコンだろ。
 スプレーは洗面台に置いておけないし、あとで部屋でしないとな。2人部屋って面倒だな。
 よし。さーて、風呂、風呂。


SIDE:空牙

 リビングのソファに座って鈴音を待つ。結局朝帰りかよ。10時には寮が閉められるはずなのに。まさか、野田先輩とこに泊まったんじゃねーだろうな。やっぱり一緒に寝たいとか言い出したとか。ちくしょう。

 しばらくその場で悶々としているとインターホンが鳴った。ドアを開けると、そこには朝っぱらからげんなりしてしまう人物が立っていた。


「……なんだ、お前かよ。そーだ。俺と部屋代われよ、冴島ぁ」


 鈴音が出てきた時のために被っていた犬の皮を一瞬で脱ぎ去った野田先輩。ほんの少しだけ見てしまったニヤケ顔が気持ち悪い。
どうやら鈴音の前でしか、冴島に『クン』は付けないらしい。


「嫌です」

「女でも男でも好きなの好きなだけお前にやるからよ?」

「先輩のおさがりなんか絶対ごめんです。だいたい俺、今は鈴音にしか興味ないんで」

「アァ゙?」

「鈴音と野田先輩、ただの友達なんすよね?」

「犬とご主人様だコラ」

「そんなマヌケなこと凄みながら言われると笑いそうなんすけど」

「鈴音は俺だけのもんだ」

「それは鈴音が決めることっすよ」

「……やんのか?」

「いーすよ? その代わり俺に手ぇ出したら……」


 野田先輩と喧嘩するなんて完全に自殺行為だ。絶対に御免被りたいので、何とか引いてもらうために脅し文句を言いかけたところで、風呂上がりの鈴音が現れた。これぞ天の救け。
 グッドタイミングで出て来てくれた鈴音は、頭からバスタオルを被っていて顔が全く見えない。せっかく風呂上がりの顔を見るのを楽しみにしてたのに。
 黒い大きな目だけは出していたので、玄関にいる野田先輩を見つけたようだ。


「あれ? タロ?」

「鈴音っ! おはよー!」


 鈴音の姿を認めた瞬間に、先ほど脱ぎ捨てた犬やら猫やらの皮を何重にも被り直した野田先輩は、満面の笑みを浮かべた。

 キャラちげぇー!!
 犬の耳が見えるようだ……。ブンブン振られる尻尾も……。


「早起きして偉いなー。お前意外と真面目じゃん」


 その人真面目とは真逆のところに位置してるから!
 まず学校に来ないから!
 制服着てんの久しぶりに見たから!


「鈴音に会いたかったからだよっ」

「バーカ。待ってろ。準備済んだらメシ食いに行くから。お前も来るだろ?」

「うんっ。行く!」

「空牙も悪い。すぐ用意すっから」

「おう」


 ……マジかよー。
 もう野田先輩は常にいるって諦めた方がいいのかな。

 鈴音が私室に入り、その場からいなくなると、再び犬の皮から本性をのぞかせた。


「チッ、またテメーと一緒かよ。ウゼー……」


 それはこっちのセリフだっつの!


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