おかしな一郎
SIDE:空牙
なんとなく、嫌な予感というか、虫の知らせのようなものはあった。
今日は良い日ではないぞ……って。
部屋から出て、一郎と小麦の部屋に向かう。パーティー会場である講堂まで小麦と一緒に行こうと思ったからだ。インターホンを鳴らすと、小麦が顔を出した。
「あぁ、冴島か。おはよーさー」
「おぅ。講堂まで、一緒に行こうぜ」
「それは、いいけど。……なんか山田が少しおかしいんさ」
「一郎いるのか?」
最近はずっといなかったというのに。いつ寮に戻ってきたんだ?
「今朝、いつの間にかいて……様子が変なんさ。落ち着いてるっていうかさ」
「一郎が?」
少しだけ開けたドアの隙間から頭だけを覗かせていた小麦を押し出すように、その一郎が出て来た。
「おはよう。くぅちゃん」
「おぅ」
変と言われると変だと言えなくもないが、普通だと言えば普通だ。
「ほな、行こか。あれ? くぅちゃん手ぶら? チョコは?」
「ポケット」
俺は手をつっ込んでいたスラックスのポケットから、手と一緒に手のひらに収まるサイズの箱を取り出した。
「ちっちゃい箱やなぁ。そんなんであいつが喜ぶかいな」
「食い物じゃねぇよ」
「そらアカン。あいつは食べ物至上主義者やで。しかも、質より量派」
そういう一郎が持っているのは、50センチ×30センチはある紙袋にぴったり入った箱。確かに量を重視しているらしい。
「2人とも誰にあげるのさ? 同じ人? 鈴音じゃなくて?」
ギクッと顔をこわばらせる俺。と、平然と口を開く一郎。
「あぁ、もちろん鈴音にも渡したいんやけど、パーティーに鈴音は来んやろ。だから俺は月夜に渡すつもりや。実はあの子、お気に入りやねん」
「俺も月夜にだ」
「月夜って食べることが好きなんさ? てっきり鈴音の話してるんだと思っちゃったくらいさー」
「せや。月夜は鈴音と同じくらい食べるで。鈴音と同じくらい甘党やし。なぁ、くぅちゃん?」
「あ、あぁ」
「ていうか、2人とも月夜と知り合いだったんさ!? じゃあ、教えてよ。月夜って何年何組なのさ?」
「それは本人に聞いてみ。俺らは口止めされとるし、月夜のことで滅多なことは言えん」
何だ。この違和感は。
一郎のはずなのに、一郎ではない気がする。一郎はこんなにも笑わない奴だったっけ。一郎は、鈴音の話をする時はもっと……。
こんな冷たい表情をする奴じゃなかったのに。
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