甘い匂い




SIDE:空牙

 バレンタインパーティー前夜。夕食後、テレビドラマを見ているリビングにまで届くほど、キッチンの甘ったるい匂いが部屋に充満していた。
 ソファから立ち上がって、鈴音のいるキッチンに向かう。


「明日の準備か?」

「おぅ! 幸ちゃん先輩にチョコ持って行くように言われたからよ」

「手作りか。貰える奴は幸せもんだな」


 誰にやるんだ? 野田先輩か? 一郎か? それか会長? 坂元先輩?
 それとも、……俺?


「なんかよ、みんなの前で渡すらしいじゃん。それって何個渡してもいいわけ?」

「基本、1個だな」

「お前も1個?」

「あぁ。1個しか用意してないし、渡す奴ももう決めてる」


 お前に渡す。それで俺の気持ちにちょっとは気付けよな。


「マジかよ。あー! そういやお前好きな奴いるって言ってたもんな! 美人の! そーかそーか、青春だなぁ」

「年寄りくさ」

「うっせー。じゃあ、俺は誰に渡そっかなぁ? いっぱい作って行くつもりだったのに」


 柔らかいチョコを両手で丸くしながら、悩みはじめる鈴音。どうやらトリュフを作っているらしい。


「誰に渡すつもりだったんだ?」

「えーっとな、まずお前だろ。あとタロと、カズと、一郎と、小麦と、会長と、幸ちゃん先輩と、銀さんと、寮長と、黒崎先輩と……」

「もういい。……それ、何基準だよ?」

「へ? 友達じゃん。世話になってるお礼!」


 義理じゃねーか。
 おもっくそ義理! 義理以外の要素ゼロ!
 聞いておいてよかったぜ……。


「1個にしとけ」

「それが普通ならその方がいいかな。変に配っていっぱい敵作んのもアレだし」

「おぅ。そうしろ」

「じゃあ、誰に渡すかなぁー……うーん……」


 ……よく考えたら墓穴ったかも。1個だと、野田先輩確定じゃねぇか? 義理でも、貰いたかったな。手作りチョコ。


「空牙っ! あ〜ん」

「あ?」


 鈴音は俺の口に小さなトリュフを放り込んだ。


「味見! うまいか?」

「……おぅ。すげぇうまい。最高」

「そりゃ言い過ぎだ」

「言い過ぎじゃねーよ。もっとくれ」

「あ? まぁ、いいけどよ。いっぱい作ったし」


 鈴音が別のトリュフを持った手を、俺は掴んだ。


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