最強男 番外編 | ナノ


▼ 夜の二人【前編】

神流の運転で横浜へ車を走らせる。
夜の帳が下りようとしていた。

「神流」
「何だ?」
ちらりと助手席に座る千鷹を見る。

「お前のオカズって俺?」
「わかってて聞くな」
真顔で神流は答える。

「神流、後でオナってみせて」
「……は?」
「な?」
念を押すように言われたが、神流はスルーした。

スルーしたことを特別千鷹は咎めもせず、話題が別に移る。

「腹減った」
「もうすぐ着く」
「恭が美味しい甘味屋見つけたらしい」
「マジか。横浜でか?」
「いや、鎌倉だ。今度行くか?」
「もちろん」

千鷹は甘味が大好きだ。
それを知るのは要と恭、神流だけ。多分、時雨の知らない、千鷹だ。

千鷹は甘味好きなのを隠す。柄じゃないと言って。

「2人でな?」
ぼそりと言った千鷹の声を拾う。

「当然だろ。恭も連れて行くなら2回目以降だ」
仲が良かろうが、唯一の千鷹の時間をまずは千鷹と使いたいと神流は思う。

恭こと雨宮恭一は今横浜で弁護士として働く。が、その実、東雲組の幹部だった男だ。

寝なし草のような彼は、神流の理解者でもあった。

駐車場に車を入れ、焼肉屋に入る。横浜で千鷹が贔屓にする焼肉店だ。

「まずはビールを頼むか」
「おう」
ビールで乾杯をし、塩タンを焼き始める。

「千鷹、どした?」
千鷹の手首が紫色に変わっていた。昼間はなかった。

「あー、これか」
袖をたくし上げる。

赤紫になっていた。

「ぶつけた。痛いと思っていたら結構凄いことになってるな」
手首が腫れ、内出血していた。

「どこでぶつけた」
「ドア。腫れるもんだなー」
千鷹は他人事のように手首の腫れを見る。

「病院行ったほうが良くないか?」
「大丈夫だろ」
内出血してるくらいだ、軽くぶつけた程度じゃないだろう。

あっけらかんとしている千鷹は美味しそうに肉を頬張る。

千鷹は左利き。赤紫に腫れてるのは左。痛いと言うわりに痛そうなそぶりはない。

「支障はないから」
千鷹に肉を横取りされる。

「俺の肉」
「神流の肉かなんて名前がないからわかんない」
神流が焼いた肉を口に入れ咀嚼する千鷹に神流は言う。

「焼いて欲しいなら言え」
テーブルにあるロースやカルビなどを千鷹の分と一緒に自分の分を焼く。

「神流ー」
「何だ」
「おっとこ前ー」
「アホか」

神流が焼いた肉を食べ飲んで店を出た。

「神流、事故るなよ」
「ああ」
乾杯のビール一杯しか飲んでいない神流に千鷹は言う。

「次、海な。花火花火」
子供のように騒ぐ千鷹を宥め、神流は湘南の海へと車をやる。

「花火、買ってあるのか?」
「もちろん」
「おし」
満足気に頷いて前を向く。

「千鷹」
「ん?」
「花火の後、何処泊まるんだ? まさか、別宅とか言わないよな?」
「言わねーよ。流石に。そうなー、ま、ビジネスホテルだな」
お互いスーツだ。その方が怪しまれないだろう。

「千鷹、ラブホは嫌いだもんな」
「おう」


湘南の夜の海は案外若者が花火を楽しんでいて、スーツで来ている人など1人もいない。

「失敗したな。まぁ、いいか。奥の方でしようぜ」
浜辺をさくさく歩く。

歩きながら花火を一本取り出してぶらぶらさせながら歩いていくその背を見ながら神流は後ろを歩く。

神流は決して千鷹の前を歩いたり横に並んで歩く事はない。いや、それは神流に限った事ではなかった。

日立の者は東雲に仕える身。

“日立”ですら、一歩下がった斜め後ろ。横に並ぶ事はない。

「神流。後ろを歩くな。横に来いよ」
「千鷹。それは、」
「命令。横歩け」
「……はい」
横に並んで歩き出す。

「俺と2人で会う時は横にいろ」
「いいのか」
「お前だけ。特別な」
「……」
「時雨には言った事ないぞ」

この辺でいいかと千鷹が立ち止まる。
持っていた花火にライターで火を付けた。

千鷹の持つ花火の花模様を見ながら神流は思う。

いつまで千鷹とこうして逢えるだろうか。

「神流、しねーの?」
千鷹は神流が持つ花火の袋から2本目を取り出す所だった。

「するけど、花火をする千鷹を見てるほうが楽しい」
「ばーか。何言ってんだか」
少々呆れたような顔に神流は肩をすくめる。

「俺らはいつかは終わらなきゃならない。だから目に焼き付けておきたい」
「とりあえず、まだ終わらないよ。神流」
「……ああ」

それでも終わりがないとは千鷹は言わなかった。

いつか終わるんだなと神流は確信する。

「神流は終わらせたいのか?」
「いや。終わらせたくない」
「俺もだ。だから、終わりなんで考えるな」
「千鷹。俺はお前が好きだ」
「知ってる」
その返事がないことはわかっての告白。

「花火はまたにしてホテルに行くか?」
「花火、したかったんじゃないのか?」
「質問を質問で返すな」
「ははっ、悪い。ホテルは、まだいい。遊ぼうぜ」

大学を卒業するまで千鷹に敬語は使ってなかった。大学を卒業と共に千鷹は組を継ぎ、明確な主従関係が生まれた。

それからだ。千鷹に対して敬語を使うようになったのは。

主従でいることにより千鷹に深く想いがいかないように。

2人でいる時、千鷹は上下関係をなくそうとする。2人でいると想いがあふれそうになる。

それでも千鷹と離れられない。

花火を手に取り火を付ける。

「打ち上げ花火もいいけど、手持ち花火もいいな」
「そうだな。神流、花火好きだろ?」
「ああ」
「俺も好き」



それから無言で花火をする。

「なんか話せ」
「千鷹」
「んー?」
千鷹が見上げて来る。

千鷹も背は高いが、神流は更に背が高い。

「高校生に戻りたいとか思ったりしないか」
「あー、思うな。あの時はまだ時雨は側にいなかったし、神流と要と、楽しかったよなー」

時雨は学年が一つ上。
学生の頃は毎日、千鷹といることが出来た。

「神流。俺のとこまで来いよ」
「ああ。絶対」
「それでこそ神流だ」
「待ってろよ、千鷹」
「おお」
千鷹の瞳がじっと神流を見る。

「お前はやる男だ。這い上がって来い」

神流はふと頬を綻ばせる。
きっと千鷹しか見た事がない顔。

「いいのか? 俺はやるよ」
「ああ」
千鷹も頬を緩めて笑う。他には見せない子供っぽい顔。

「さて、行くか」
「そうだな」
もう花火もない。

「静かに花火をするのも悪くないな」
「また、するか」
「来年、いい場所探しとけ」
「わかった」
返事をして、歩き出す千鷹の横へ並ぶ。

「もう何年も海で泳いでないな」
「要誘って泳ぐか」
「いいな。海は人数いたほうが楽しいし。暇な連中連れてバーベキューとかな」
「健全だな、ヤクザが」
「たまにはいいだろー。若いの連れて。たまには羽目はずさねーと」
「千鷹が羽目外したいんだろ」
「わかる?」
屈託なく笑う千鷹にやれやれと肩を落として神流は千鷹を見遣る。

子供のような瞳と目が合うかと思いきや、千鷹の瞳は艶を帯びていた。

「後は、大人の時間だ。神流」
「千鷹は欲に忠実だな」
「男なんてそんなもんだろ」
あっけらかんと言う千鷹は誘うように舌を出し、唇を舐めた。

「誘うな。青姦する気か?」
「青姦か、いいな。したことなかったな」
「俺は嫌だぞ」
止めた車まで帰ってきて、乗り込む。
千鷹もドアを開けて助手席に座った。

「じゃあさ、車の中は?」
「却下」
「えぇー」
不満そうな声を上げる千鷹の首の後ろに手を差し入れ引き寄せた。そしてキスをした。

昼間のアイスの味を思い出す。

舌を絡ませ、ねぶるように。

首に腕を回してくる千鷹を避け、千鷹の舌を吸い、離れた。

「……っは。ずりーな、お前」
「そうか?」
「煽っといてお預けかよ」
神流はにやりと口角を上げ、アクセルを踏んだ。

「放置プレイのお返しだ。数十分くらい訳ないよな?」

千鷹から舌打ちが聞こえる。

「放置は悪かったって。俺だけのせいじゃない」
「時雨には別の方法で返す」
「どんな?」
「その内わかる」

ビジネスホテルの駐車場で車を停め、チェックインし、部屋のドアを開けた。

パタンとドアが閉まった瞬間、神流の胸を押し
千鷹は神流をドアに押し付けた。

「神流……」
誘う様に囁かれた声は掠れて聞こえ、ドキリとした。

「……、鷹」
ぎゅっと千鷹を抱く。腕を背中に回し、腕から逃げないように。

「久し振りに鷹って呼んだな」
「今だけ呼ばせてくれ」
「いいよ。懐かしい」
高校を卒業するまでは鷹と千鷹を呼んでいた。

「2人の時だけ、そう呼べよ。鷹って呼ばれたい」
「お前、ずるい」
「なーんで」
「時雨にも似たような事言ってんだろ」
「言わねーよ。そういう意味じゃあいつ、特別じゃないし」
チュッとリップ音を鳴らし唇にキスしてきた千鷹は両手で神流の頬を包んだ。

「神流の俺を見るその双眸、気に入ってる。ずっとその瞳で俺を見てろ」
「鷹が望むなら」

千鷹が望むなら神流は何だってやるだろう。

「神流。神流……」
催促するかのような声音にたまらず神流はむしゃぶりつく。

千鷹の喉の奥がくっと鳴る。千鷹の手が外れ、腕が絡みつく。身体が熱い。

どっちの喘ぎか、はっと吐息が漏れる。

神流の手がシャツの上から背中をなぞり……。

「神流、タッてる」
「鷹もな……」
煽ってキスして、触っただけ。

「ベッド行くか」
「風呂行こうぜ。汗のにおいも悪くはないけど、ベタベタしてるのは頂けない」
「確かに」
そこは同意する。

けれど、煽った身体は熱まま。

風呂への一歩が出なかった。

「ああ、くそっ」
千鷹が焦れ、神流のスラックスに手を掛けた。

「一回やってからだ」
催促するように唇が重ねられ、千鷹の手がチャックを開ける。

その手を神流は掴んて止めた。不満気な瞳とぶつかる。

「ここじゃなく、ベッドに」
そう言って千鷹を抱え上げた。

数歩先のベッドへ千鷹を下ろし、神流は千鷹の胸に手を置いた。その手を滑らせ下半身へと持って行く。

硬く張り詰めたモノ。
千鷹が自分に欲情している事実に神流は口角を上げた。

「早くっ」
「わかってる」

千鷹のスラックスを寛がせる。
外気に触れた千鷹のモノが先走りで濡れていた。

千鷹は神流の前だけ、“女”になる。

先走りをすくって指に絡ませ後孔に一本指を入れた。

すんなり受け入れた千鷹の後孔は柔らかかった。

「準備してきたのか。たーか」
「……黙れ」

千鷹が神流を受け入れたのは去年のクリスマスだ。それから使われていないはずなのだ。

そもそも千鷹に女は沢山いるが、男は神流と時雨だけ。千鷹は時雨には決して抱かれたりはしないだろう。

プライドの高い千鷹が抱かれる側に回るなどまずない。

千鷹が神流に抱かれる理由は明確には神流は知らない。千鷹曰く、神流だからと。

そう言って、身体を許し身を委ね、そして、準備をしてくる千鷹に愛しさが募る。

指を増やし、千鷹にキスをする。神流を見上げる瞳が細められ千鷹の腕が肩へまわされる。

千鷹に愛されてる、そう錯覚する。

「は、あっ」
前立腺を刺激してやれば千鷹の喘ぎ声。
うっかりその声だけで持っていかれそうだと内心、苦笑する。

「神流。指、抜けっ。神流が欲しい」
受け入れの準備の出来た身体。

「千鷹、鷹、俺はお前が好きだ」

千鷹の答えは期待してない。好きだと言って返る言葉はいつもない。

千鷹の心は春灯のものだ。

望む通り指を抜き神流のものをあてがう。それだけで千鷹の身体はひくりと反応した。

「ふっ、ああ!」
グッと身体を進めると千鷹の口から悲鳴とも歓喜の声ともつかない声が上がる。

半分入ったところで一度止まる。

「止まんな、かんなっ」
抗議の声に小さく笑って、ゆっくり押し入った。ぐぐっと千鷹の眉が寄るが、全部入ったところで息を吐く。

「鷹は俺の王様だ」
「王子じゃ、ないんだな」
「王子って柄か?」
俺様で決して誰にもひれ伏さない、王。

ああ、でも。
俺に見せる子供っぽいところは王子様かもなと思う。

「動くぞ」
腰を突き動かせば呆気なく果てたのは千鷹だった。

「置いてくな」
「……追いかけてくるんだろ」
意味あり気に微笑まれた。

「ああ……」


結局風呂も入らず、千鷹とのセックスに溺れたのは神流だった。

神流にとって千鷹は極上の甘い蜜だ。

ポタポタ雫を落としながらバスルームから出てくる千鷹に、拭いて出て来いと言えば、拭けよと命令された。

「かしこまりました」
恭しく頭を下げると満足そうに笑う。どこまでも王様だ。

今は、今だけは俺のだ。

神流はバスタオルを取りに行く。そしてそこに立つ王の身体を拭く。

「神流」
「何だ」
「俺も好きだ」
「……、千鷹?」
「なんだよ、お前に返事を返しただけだろ?」
「お前は……」
千鷹の言う好きは子供が好きと言うのと変わらない。

残酷で、気高き王だ。

「愛してる」
千鷹の耳許に吹きかける。

気持ちの天秤は傾いたまま、水平になることはない。

「神流は察しがいいけど、物分りのいい奴の振りはするな。そうな、俺は神流を愛してるわけじゃない。でも好きだと言える」
「千鷹」
「正直に言ってやる。時雨よりは好きだ。俺は嘘吐きだ。けどさ、これは本当。じゃなきゃ抱かれるかよ。例え相手が神流でも。言ったろ。神流だから抱かれんだって」
真っ直ぐ千鷹は神流を見ていた。

「嘘だろ」
「やっぱ信じない? 俺、神流に嘘ばっか吐いてたからな」
「……」
「ほんと。でも信じなくていいよ」
バスローブを来た千鷹が覆いかぶさってくる。

「もう狼少年にはならない。それ覚えてろよ、神流」
「わかった」
「サンキュー」
のしかかっていた千鷹が上からどいたことによって神流は起き上がる。

「2ラウンド目、するだろ?」
「ああ」
そのまま身体を起こした千鷹は跨るようにして神流の上にいる。

「神流。俺を喰え」
欲にまみれた声が神流を誘った。

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