『動悸・息切れ・きつけに』
さて、なんの薬だっけあれは…

「って、そうじゃないんだよ!!」

誰もいない事務所で一人で頭を抱える成歩堂。
先ほどからこんな感じで騒いでいる。

「問題は、そう、動悸だけなんだよ!」

そうらしい。
彼はどうやら動悸に悩んでいるとかで。
ただ病的なだけなら病院に行けばいいだけの話であるが、
ここで彼がこうして一人で悩んでいるのにはそれなりの理由がある。
なんでもその動悸とやらは、特定の時にしか起きないらしい。
ぶっちゃけてしまえば、「特定の人の前」で起きる。
そしてその相手こそが問題なのだが、
もう一度ぶっちゃけてしまえば、

「男だぞ!男!」

男相手にドキドキしている。
何でも最近再会した幼馴染だとか。
成歩堂自身、その答えはもう分かっているが、
分かっていてもどうにも認めたくないらしい。
ともあれ、彼が幼馴染(しかも男)に対して並々ならぬ感情を抱いているであろうことは確かであった。
それに気付いたのもつい最近で、
色々な事件を解決し、ようやく一段落ついたところで気付いたようだ。
気付いてみると、あぁなるほど、と納得は出来た。
だから自分は彼に対してあんなにも執着していたのか、と
だから自分はあんなに必死になれたのか、と
だがその相手は男であるだけでなく、かなり可愛げのない奴だった。
とにかく態度がデカいし、身長も自分より少しであるが大きい
全然可愛くない。
(時々見せる天然な性格は可愛く見えたりもするらしいのだが成歩堂を認めたくないようだ)

「あぁもう、なんだってこんな…」



「おい、成歩堂」



突然自分以外の声が聞こえ、パッと顔をあげる。
そこには悩みの種である幼馴染が、いつもどおりの可愛げない顔でこちらを見ていた。

「え、ええぇぇぇぇ!!??み、御剣!!お前、なんでいるんだよ!!!!」

驚きすぎて声が裏返った。

「いたら悪いのか。不用心だな、扉が開いていた」
「わ、悪くないけど、さ。扉が開いてたって、だから、なんでお前いるんだよ」
「さて、誰だったかな、この私に用を頼んだのは」
「…」
「…帰る」
「わ、ごめん!思い出した思い出した!」

そういえば資料やらなんやらを頼んだ覚えがある。
さっきまでの頭の中のモヤモヤが上手く消化出来なくて混乱しているが。

「あはは、持つべきものは検事局の友達かなー…なんて」
「…」

友達という言葉に自分で傷ついた。
今、胸を張って彼を「友達」だという事なんてできない。
なんといっても、並々ならぬ感情を抱いてしまった相手というのが、まさにこの男だからである。
御剣は成歩堂の正面に座り、脚を組んだ。
その様子にいちいち目がいってしまう。

「なんだ」
「え、いや、なんでもない」
「それにしても、昼間から所長がソファでぼーっとしてるとは、情けないな」
「なんだよ、仕方ないだろ、暇なんだから」

本当に情けない。
仕事が無い事ではなく、男に片思いして悩んでる自分がだ。
しかもそれをよりにもよって本人に見られてしまうとは。

「で、忙しいであろう検事さんがなんでここにいるんだよ」
「それなら先ほど思い出したのだろう、キミは」
「そうじゃなくてさ、僕はてっきりイトノコさんが届けに来ると思ってたんだよ」
「何故キミなんかのために刑事を寄越さねばならんのだ。奴は捜査に駆り出している」

相変わらず可愛げの「か」の字もない。

「なんだ、お前は暇なのか、検事さん?」
「キミと違って私は忙しい」
「あっそ」

じゃあなんで自分で届けに来てるんだ。
なんで届けた後も人の事務所のソファでくつろいでるんだ。

あれ?

忙しいのに、なんでいるんだろう?

「お、おい、みつるぎ」
「キミ」

聞こうとして、遮られる。
御剣は目を逸らして、難しい顔をしていた。

「なにか、あったのか?」
「は?」
「先ほど何やら考え事をしていただろう。仕事か?」
「…仕事だと思うか?」
「思わないな」

そうハッキリ言われると少し傷つく。
確かに仕事の少ない事務所であるけれど。

「キミは、友人は多いのだろうか?」
「は?お前、さっきからなんだよ」

なにかあったのか、友人は多いのか
彼らしくもない質問ばかりだ

「聞いてるのは私だ」

法廷の時のような鋭い眼を向けらてしまった。
これには怯む。

「友達は多い方じゃないと思うけど。大学の友達とも連絡とらないし、矢張とお前くらいかな、近くにいるの」
「そうか」
「な、なんだよ」
「なにか、悩みがあるのだろう?」
「え」

気付かれてしまった。
というか、この男はそんな人の心の変わりようなど気付く奴だったのか。

「だが、それを言う相手もいない、と」
「あー…まぁ、そうだね」
「…」
「…」
「…」
「あの、御剣?」
「聞いてやらん事もない」
「はい?」
「キミの、悩みについて、だ」
「えぇ!?」

御剣が、人の相談にのるだって!?
成歩堂は驚きすぎて開いた口がふさがらなかった。

「なんだ、その顔は」
「だ、だって、御剣が人の相談聞くなんて想像出来なくて」
「ム、キミは私をなんだと思っているんだ」
「鬼検事」
「…」
「ごめん」
「キミだから、聞いてるんだ」
「え?」

御剣は再び視線をずらす。
今、なんて言った?
キミだから?

「この前は、世話になったから、な」
「あ、あぁ、あれか」

御剣に殺人容疑がかかった裁判の話だろう。
人の世話になったままではいられないというわけだ。

「でも、アレは僕がお前に借りを返したかっただけだからさ」
「そんなこと、私は知らん」
「そんなことって…」

あの学級裁判がなければ、こんな風に御剣を追いかける事もなかったのに。

「それで、キミは何を悩んでいるんだ?事件か何かなら、少しくらい協力してやる」
「えっと御剣、キミが用も済んだ今も事務所にいるのは僕の悩みを聞こうとしたからなのか?」
「いや、それは座ってキミの顔を見ていて思いついただけだ」
「じゃあ、座る前はそんなこと考えてなかったんだよな?」
「あぁ」

じゃあなんで座ったんだよ。
細かいところがいちいち気になる。
何故だろう、惚れてしまったからなのか。

「お前ってさ、借りを作ると絶対返したい奴なのか?」
「先ほどから何を聞いてるんだキミは」
「質問してるのは僕だよ」
「ム…」
「御剣」
「借りを作る事がまず、ないな」
「うわ…」
「しかし、返すようなタイミングが来たらするだろう」

タイミング…?

「異議あり」
「なんだ」
「タイミングが来れば、返すんだな?」
「そう言っただろう」
「でも、僕としては、今そのタイミングだとは思わないんだけど」
「何だと?」
「だって、そんなに悩んでるように見えてる?」

本当はすごく悩んでいるけれど。
でも、どこから見ていたかは知らないが、そんなに深刻的な状況に見えるような悩み方はしてないはずだ。

「しかし、悩んでるのかと聞いたら肯定しただろう」
「したよ。したけどさ、そこまでじゃない」
「ならば、なんだと言うのだ」
「お前のそれは、少し、押し付けっぽいぞ」
「な、なんだと…!?」
「無理にそのタイミングを引っ張り出してきたような感じがする」
「ム…」
「まるで、最初から狙っていたかのように…!」

とは思わないが、法廷の時のような熱が入って、ついビシッと言ってしまった。

「って、あれ、御剣?」

御剣まで、法廷の時のように白目状態になっていた。
御剣は普段は結構冷静な奴だというのに。

「おーい、御剣?」
「…そんなに言えないような悩みなんだな?」
「は?」
「先ほどから、キミは話を別の方向へと持って行っている。それは、言いたくない悩みだからではないのか?」
「そんなつもりはなかったけど」
「じゃあなんだ」
「なんかさ、御剣、いつもと違う様子だったから」
「いつもと違う?」
「うん。わざわざ資料を持ってきてくれたし、すぐに帰っちゃわないし、悩みまで聞いてくるし」
「…」
「僕、ビックリしたよ。でも、そうか、借りを返したいってのは分かるな」
「…」
「急に優しくなったのかと思ってさ、でも優しい御剣ってのも良いかも」

怖いよりは全然マシだ。
この方が可愛げある気がするし。

「ありがとう、御剣」
「…」
「…あれ、」

見れば御剣の頬がほんのり赤い。

「えっと、なに、照れたの?」
「な、なにを…!」
「あれ、違うの?顔赤いよ?」
「な…!!!」
「あはは、なんだ、可愛いんだね、御剣って」

いつも険しい顔してるだけじゃなくて、
こうした顔もするんだな、と成歩堂の口元が緩む。
こうやって一緒にいるうちに、どんどん彼の事を好きになっていくのだろうと、のんきに考えた。
男だとか、可愛げないとか、そんなのもう、どうでもいいように思う。
それに、可愛げならこうして見つけられたわけだし。

「それにしても、御剣にも可愛いとこあるんだね、びっくりしたよ」
「ば…」
「どうしたの?」
「このバカモノ!可愛い可愛いとキサマ私をバカにしてるのか!名誉毀損だ!!」
「え、ちょ、ちょっと待って」
「待たん!」

御剣は立ち上がり、事務所のドアに向かって歩き出す。

「御剣!」
「なんだ!」

待たないと言っておきながら振り返り、律儀に返事までする。
そんなところまで、なんだか可愛くて、

「お前、耳まで赤いぞ」

顔ばかりではなく、耳まで真っ赤にして睨む、そんな彼がすごく可愛い。

「キサマが可愛い可愛いなどと馬鹿げた事を言うから…!!」
「だって、それは御剣が…!」
「うるさい!もう待たんからな!!」
「御剣!」
「うるさいうるさい!」

「お前に、相談があるんだよ!!」

そう叫べばまた、彼は待ってくれる。

「聞いて、くれるかな?」
「…」
「お前にしか、言えないんだ」
「…」
「御剣」
「…良いだろう」

不機嫌な顔で、こちらに戻ってくる。
ソファの方まで来たところで、彼の腕をつかんだ。
というよりも、掴んでしまった。
でも、もう後には引けない。
片思い?上等だ。
相手の好意を知ることで、相手を意識し始めるなんて話もあるんだから。



「あのね、御剣」



僕は、キミのことが、






20120315

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無計画に書き始めるとこうなる。


『片思い、一人』

いいや、

『片思い、二人』






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テーマ「人外ファンタジー」
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