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「…はぁ」
最近、ため息をついてばっかだなと苦笑し、砂浜に座って海を眺めていると、横から話しかけられた。
「美奈子ちゃんの友達の、えーと…、そう。美咲ちゃんだ」
「……なに」
いま愛想笑いが出来るほどのメンタルを持っていないので無愛想に返事をすれば、話しかけてきた奴、桜井琉夏は薄く笑って私の隣に座った。
「最近、美奈子ちゃんが構ってくれないから寂しいんだ。構って」
「知らないよ。ていうか、桜井くんはバンビのこと、好きじゃなかったっけ」
簡単に諦めていいのかと聞けば、それはお互い様と返された。
「俺は、美奈子ちゃんが幸せなら、それでいい」
それに俺、幸せになる権利なんてないし。と言った桜井くんに、そうかな。と返した。
「誰にだって幸せになる権利はあるよ。大罪を犯した人でも、平凡な人でも、才能を持った人でも。その人なりの幸せってあるじゃん。権利があっても幸せになれない人は、そもそも幸せになることを諦めた人なんじゃないかな」
と、私は思う。と言えば、桜井くんはまじまじと私を見つめてくる。
「…なら、俺にもあるのかな。幸せになる権利ってやつ」
「あるよ。けど、その幸せを掴めるかは、本人の努力次第だけどね」
「…なんか美咲ちゃんって、優しいのかそうじゃないのかわかんない」
「客観的に物事を言ってるだけ。…まぁ、桜井くんなりに頑張ってみれば」
「それ、特大ブーメランで自分にも返ってくるって、わかって言ってる?」
面白そうに笑みを浮かべて私を見る桜井くんから目を逸らし、海を見つめる。
「私は諦めたの。幸せになること」
きっと設楽先輩以上に好きな人なんて、これからの人生で出会えないって、自分でわかってる。わかってて身を引いたんだ。
「…いいんだよ、私はこれで」
元々、イレギュラーな存在だ。これでいい。
大きく伸びして後ろに手をつき、海に視線をよこしたままにしていれば、桜井くんが話しかけてきた。
「親友にならない?俺と」
俺、美咲ちゃんのことけっこー好きだよ。友達として。と言われれば、頷くしかなかった。
「ていうか、友達すっとばして親友なんだ」
「傷の舐め合いってやつ?俺、美咲ちゃんとなら、いい友人関係築けそう」
手始めに美咲って呼ぶから、下の名前で呼んでねと言われ、適当に頷く。
「試しに呼んでみて」
「なんで」
「いいから。はやく」
「ルカちゃん」
「お、いいじゃん。ルカちゃん。かわいい」
「…ちょっとは嫌がってよ。冗談で言ったのに」
「うん。俺も冗談」
流石にルカちゃんはやだ。と言われ、暫く見つめ合えば、お互い小さく吹き出して笑った。
「これからよろしく、美咲」
「よろしく、ルカ」
傷心者同士、仲良くしようね。
* * *
それからというもの、ルカとの会話が増えた。
と言っても、ルカがやたらと私に絡み始めたのが原因だが。
「美咲、現国の宿題見せて」
「…ほんとに苦手なんだね、現国」
宿題を毎回しないほどに。とため息をつけば、顔の前で両手を合わせ、頼みこまれた。
「お願い。親友の頼み」
「はいはいどーぞ」
「やった!サンキュー」
宿題のプリントをルカに渡し、写している間、他愛無い話しをする。
「そういえば、新しいパンケーキ屋さん出来てたよ」
「まじで。どこ」
「駅前」
「よし。連れてって」
「奢られる気満々か。ルカと出掛けたら喧嘩に巻き込まれそうじゃん」
「喧嘩になっても、親友は全力で守るよ、俺」
「まず喧嘩にならない努力をしなさいよ」
「頑張る。なぁ、行こう。そのパンケーキ屋」
「もー。じゃあ放課後ね」
「やった!持つべきものは良き親友だな」
「見事に親友に奢られてばかりなんですがそれは」
「今度、まとめて恩を返すよ」
「期待しないで待ってる」
テンポ良く会話が続く様子を、驚いたように見る桜井兄に、なんだと言いたげに見る。
「… 如月、こいつと仲よかったか」
目を見開いたまま尋ねてきた桜井兄に、私ではなくルカが答えた。
「俺と美咲、親友だから」
「友達の段階を吹っ飛ばされて親友に認定されたわ」
「いいじゃん。俺と美咲の会話、テンポ良いし」
「嫌とは言ってないでしょ。確かに、会話のテンポはいいもんね」
あと宿題サンキュー。
はいはいどーも。
目の前で行われる見慣れない光景に困惑していた桜井兄は、聞いても無駄だとわかったのか、ため息をついて詮索するのをやめた。
うん、それが1番体力使わないで良い方法だよ。
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