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「おい、美咲…「あ、すみません。先生に呼ばれているので行かないと」あ、あぁ。悪い」
「美咲、今度の…「設楽先輩!わざわざ教室まで、どうしたんですか?あ、今度の日曜日、空いてますか!?」…こ、小波」
ナイスバンビ。と心の中で親指を立ててそそくさと2人の傍から離れて廊下を歩いていれば、玉緒先輩に出くわした。
ちょうどいいと、放課後渡そうと思っていた生徒会の資料を先輩に渡して談笑していれば、先輩はそういえばとチケットを2枚出した。
「姉に水族館のチケットを貰ったんだ。良かったら今度の日曜日、一緒にどうかな」
「わぁ、いいんですか!?」
水族館は私の好きなところだ。素直に喜んで、先輩の誘いを受けようと頷こうとした瞬間、後ろから強く腕を掴まれた。
「っ、美咲は俺と水族館に行くんだ。だから、こいつは諦めろ、紺野」
ぜえはあと、走ったらしく息切れを起こしている設楽先輩に、私も玉緒先輩も驚きすぎて言葉を紡げずにいた。
あれだけ身体を動かしたがらず、走ろうとさえしない先輩が、私のところまで走ってきたというのだ。
先に我に返った玉緒先輩が、苦笑して設楽先輩に話しかける。
「けどお前、さっき小波さんと約束してたろ。今度の日曜日、プラネタリウムに行こうって」
「そうなんですか?設楽先輩、バンビと約束したなら、断っちゃ駄目ですよ」
あのバンビと約束できるなんて、周りの人からしたら羨ましすぎて泣かれますよと笑いながら言えば、設楽先輩は私を睨んだ。
「さっきの約束なんて、あいつが押し付けてきたんだ。こっちの言い分も聞きもしないで」
「おい、設楽、そんな言い方…「俺はあいつとより、美咲と出掛けたい」」
玉緒先輩のお説教も遮り、真っ直ぐに私を見ながら言った設楽先輩に泣きそうになり、強く腕を振り払って数歩先輩から離れた。
「やめてください。ただの後輩に優しくしないでください必死にならないでください」
お願いだ、私がこれ以上、先輩を好きになる前に、
「…私に、関わらないで」
私の前から、いなくなってくれ。
はっきりとした拒絶をし、走ってその場を去った。
走っている間も、頭に浮かぶのは泣きそうな設楽先輩の顔。
なんだ。なんなんだ。なんでただの後輩にあんな顔をするんだ。あんな設楽聖司というキャラクターは知らない。あんな、ただの後輩に執着する人じゃない。
あんなに熱い瞳をする設楽聖司というキャラクターを、私は知らない。
教室手前の廊下に、バンビとカレン、ミヨはいた。
どうやら、日曜日のプラネタリウムのことで話していたらしい。
ちょうどいい。もうバンビとvsモードなんて御免だ。間に挟まれているカレンとミヨも可哀想だし、何より争い事は避けるに限る。
「バンビ、」
「私、バンビと設楽先輩、応援するからね!」
精一杯笑って言えば、3人は驚いていたが、先に我に返ったバンビは、本当に嬉しそうに笑った。
「! ありがとう、美咲!!」
それから、主に私とバンビで日曜日のコーディネートを考え、設楽先輩の趣味や好みなど、あげられるだけの情報を全てバンビに与えた。
バンビは嬉しそうに笑い、放課後になると日曜日に着ていくコーディネートを合わせてみると言って意気揚々と帰って行った。
バンビが帰れば、カレンとミヨが複雑そうな顔をして私の近くに来た。
「美咲、あんた本当にいいの?」
「…美咲、まだ諦めきれてない。そうでしょ? それに設楽先輩だって…「いいの!」」
ミヨの言葉を遮り、勢いよく椅子の音を立てて立ち上がる。
「もう、いいんだ。だって、バンビと設楽先輩、お似合いなんだもん。高嶺の花だったんだよ、私にとって」
これから新しい恋を見つけるからいいんだ!と笑えば、2人は諦めたように笑った。
「まぁ、美咲が決めたことならとやかくは言わないけどさ、」
「後悔は、しちゃダメ」
「しないよ。設楽先輩より良い人、見つけてやるんだから!」
頑張るぞと意気込み、3人で下校した。
* * *
"バンビと設楽先輩、応援するよ!"
(…とは言ったものの、)
やっぱり辛いなぁ。と、バンビと設楽先輩が話しているのを見かけて思う。
あそこまで惚れ込んだ人は、この16年間いなかった。
思わずため息をつけば、後ろから肩を軽く叩かれ、そちらを向けば玉緒先輩がいた。
「どうしたの、…って、聞くまでもないか」
「あはは…。まだ踏ん切りがつかなくて」
前よりは諦めがついたんですけどねと笑えば、玉緒先輩は短くため息をついて、私の頭を撫でた。
「如月さんはよく頑張っているよ。ただ、溜め込みすぎるのは良くないな」
「溜め込んでなんていませんよ。私が諦めれば、あの2人は素直に付き合えるんですから」
まぁ、ときメモだからくっつくのは卒業式だろうけどと思いながら言えば、玉緒先輩は苦笑した。
「とにかく、たまには気持ちを素直に吐き出すこと。いいね」
「……はぁい」
この世界の人は、優しすぎるんだ。
だから、私はどんどんダメになってしまう。
お願いだから、
これ以上、私を弱くしないで。
「………っ」
「……設楽先輩、」
「! ……なんだ」
「あ、いえ、大したことじゃ…」
「そうか。…悪い、教室に戻る」
「あ、はい…」
少し離れたところで悔しそうに玉緒先輩を睨む設楽先輩や、その設楽先輩を見て悲しそうにするバンビなんて、私は知らなかった。
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