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「じゃあね、美咲!」

「うん。バイト頑張って」

「ありがと!たまにはバイト先に遊びに来てね!」

放課後、今日はバイトだからと足早に去ったバンビに手を振りつつ、私はゆっくりと帰る準備をして昇降口へ行けば、入口近くの傘立てに浅く座っている聖司先輩を見つけた。
誰かを待っているのだろうかと思い、前なら一目散に話しかけに行ってたなと心の中で苦笑して、何事もなかったかのように靴を履き替えて聖司先輩の前を通り過ぎ、昇降口を出ようとすれば、

「俺を置いて、どこへ行くつもりだ」

後ろから、聖司先輩に腕を掴まれた。

心臓がどきりと跳ね、掴まれた部分だけが熱くなる。だけどそれを相手に悟らせないようにポーカーフェイスを意識して、聖司先輩に向き直る。

「…こんにちは、せ……設楽先輩」

もう諦めるんだから、苗字呼びでいいかと考えて聖司先輩と呼びそうになったのを慌てて設楽先輩と言い換えた。
その瞬間、私を睨んでいた先輩は泣きそうな顔になり、私の顔の横に勢いよく手をついた。所謂、壁ドンというやつだ。

驚きすぎて声を出せずにいると、先輩は泣きそうに顔を歪めたまま、私を睨んで声を荒げた。

「何でこの前から俺を避けるんだ!言いたいことがあるなら、はっきり言えばいいだろ!呼び方まで変えやがって!」

その表情と言葉に、少なからず私は驚いた。
ゲームで見てきた設楽聖司というキャラクターは、1人の後輩に避けられて、名前の呼び方を変えられただけで、こんな風に動揺する人だったか。

私が黙ったままなのが気に食わなかったらしく、今まで苗字呼びだったのだが、強めに名前で呼ばれた。それにも少なからず驚く。

「俺に文句があるなら言え。特別に聞いてやる」

「…どうして、そんなに動揺してるんですか?私は設楽先輩にとって、ただの1人の後輩じゃないですか」

先輩が好きなのは、バンビでしょう?こんなところ見られたら、誤解されますよ。と、純粋な疑問を口にして先輩から目を逸らし、壁ドンから抜け出して校門へ歩き出せば、再び腕を掴まれた。

「誰がいつ、どこで、あいつのことを好きだなんて言った」

「…先輩、」

もうやめてほしい。そうやって、人に期待を持たせることも、優しくするのも。
こんなの、バンビに負ける私が、惨めになるだけだ。

だから、

「私…「あれ、設楽に如月さんじゃないか。どうしたんだい、こんなところで」…玉緒先輩!」

先輩のことは好きでもなんでもないと告げようとすれば、タイミングが良いのか悪いのか、玉緒先輩が現れた。
私が玉緒先輩の名前を呼べば、また設楽先輩は泣きそうな顔になり、私を睨んで怒鳴った。

「っ、勝手にしろ!後で謝っても許さないからな!」

小学生か。と思わないでもない台詞を吐いて設楽先輩は帰って行き、その様子を見た玉緒先輩は状況を察したようで、ため息をついた。

「一体、何があったんだい?ここのところ、小波さんはよくうちのクラスに来て設楽と話しているし、逆に君は来なくなるし、設楽は苛々してるし…」

「あー…、すみません」

頬をかきながら謝り、心配そうにこちらを見る玉緒先輩に、一緒に帰ろうと提案した。

「玉緒先輩には話しますから、設楽先輩には内緒ですよ」

まさか私が素直に話すと思っていなかったのか、はたまた私の先輩の呼び方に驚いたのかはわからないが、玉緒先輩は驚いた様子で、ぎこちなく頷いた。

* * *

「…っていう訳でして」

バンビとvsモードになったこと、あの小悪魔バンビと張り合って勝てるわけねーよということを話せば、玉緒先輩は苦笑して納得した。

「なるほどね。でも、君はいいのかい?」

設楽のこと、あんなに好きだったじゃないか。と言われれば、ため息をつくしかない。

「言ったじゃないですか。バンビに狙われて、好きにならない男の人はいないんです」

「まぁ、たしかに小波さんは、自分の魅せ方をわかっているよね」

僕も一時期は危なかったなぁ。とカラカラ笑っている玉緒先輩にため息をつき、思いきり背伸びをする。

「まぁ、別に男の人は設楽先輩だけじゃないんですし、これからまた新しい恋を探します」

へらりと笑って言えば、玉緒先輩は苦笑した。

「君がそう言うなら止めないけど、でも勿体無いなぁ」

「? 何がですか?」

勿体無いとは、と思い首を傾げれば、玉緒先輩は楽しそうに笑った。

「如月さんと設楽、けっこうお似合いだったのに」

あんなに1人の女の子に振り回されてる設楽はなかなか見れないよ、と笑う玉緒先輩に、今度は私が苦笑した。

「あの人は優しいから、強く文句を言えなかっただけですよ」

「そうでもないよ。あいつはハッキリと物を言うからね。嫌なことは嫌だと、ハッキリ相手に伝えるよ」

まぁ、伝え方がストレートすぎて相手が傷ついちゃうこともあるけどね。と苦笑しながら言った先輩に、たしかにと考える。

じゃあ設楽先輩は、私のことをそんなに嫌ってなかったんじゃ…と、そこまで考えて頭を横に振った。

「もういいんです。私には高嶺の花だったんですよ。バンビと設楽先輩なんて、美男美女カップルじゃないですか」

「強情だなぁ…。案外、小波さんより如月さんの方が好きだったかもしれないのに」

「いいんです。設楽先輩がどんどんバンビを好きになっていく様子を、間近で見たくありませんから」

そう。見たくないのだ。設楽先輩がバンビにどんどん優しくなっていく様子を。
先輩が優しかったのは私だけだったのに。と鞄を持つ手に力が加わり、それに気付いて我に返って苦笑した。

全然、踏ん切りがつけられてないじゃないか、私。


 

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