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「いいだろう。チャンピオンを交代してあげようじゃないか」
「…っ、ほ、本当ですか!?」
ある日、突然ミクリさんからルネジムに呼び出されたと思えば、私にとって嬉しい言葉をもらう。
…え、本当にいいんですか?
* * *
「ほ、本当に本当ですか!?」
「本当に本当さ」
ミクリさんに2度3度確認し、先ほどの言葉が聞き間違いではなかったことに安堵する。
前のめりになっていた身体をソファに戻し、落ち着くために紅茶を一口飲んだ。
その際に、何故承諾してくれたのか理由を尋ねた。
「私がお願いしておいてなんですけど、どうしてこの話を受けてくれるんですか?」
大変ですよ?と聞けば、彼は笑った。
「弟子が困っているのに、助けない師匠ではないよ」
期間が短いとはいえ、エリシアを強くするために私が教えたからね。
彼のその言葉に、少し泣きそうになる。
「…ありがとうございます、ミクリさん」
「気にすることはないさ。それより、本当にいいのかい?チャンピオンを交代しても」
意外とチャンピオンの仕事、気に入ってたんだろう?と問われ、ぎくりと肩を揺らす。
彼には隠し事はできないなと軽くため息をつき、持っていた紅茶のカップを机に置いた。
「…気に入らないわけないじゃないですか。ポケモントレーナーがみんな、1度は憧れる立ち位置ですよ?」
「そう言う割には、初めて私と会ったエリシアは、チャンピオン自体に興味は無さそうだったけれどね」
「チャンピオンになることではなく、ダイゴさんに勝つことが目標でしたからね。…けど、チャンピオンになったらなったで、やっぱり楽しいんですよ」
「思わず、新しいイベントを増やすほどに?」
すかさず彼からつっこみが入り、苦笑して頷く。
私がチャンピオンに就任して、ホウエン地方全体でのイベントを1つ増やした。
それは、ホウエン地方のポケモントレーナーのレベルが上がればいいと、ジムリーダーや四天王を除いた一般のトレーナーを対象にした、トーナメント制のバトルだ。
誰でも参加できて、もちろん参加料は無料。
年齢でバトルの結果に差がつかないように、いくつかの部門ごとに年齢制限を設けている。
先日そのイベントを開催したが、思った以上に反響があったらしく、来年以降の開催も決定されている。
そのイベントの日を思い出しながら、小さく笑う。
「トレーナーが育つのは、良いことですから」
そう答えれば、ミクリさんは驚いたように目を見開き、次いで笑う。
「まったく…。誰に似たんだか」
彼が誰を指しているのかわからず首を傾げたとき、私のポケナビに着信が入り、一言断りを入れて電話に出る。
「はい」
『あ、エリシア?良かった』
「ダイゴさん!」
電話の相手は、なんだか楽しそうな様子のダイゴさんだった。
私が名前を出したことにより、ミクリさんは楽しそうに顔をゆがませる。
『今日、早く帰れそうなんだ。夕飯を作っておくから、何かリクエストはあるかなって思って』
「本当ですか?そうですねぇ…」
うーん…と数秒考え、頭に浮かんだ料理を口に出せば、彼は笑って了承し、電話を切った。
私はミクリさんに一言謝り、ポケナビを鞄にしまう。
「すみません、お話しの途中に」
「私とエリシアの仲なんだ。かまわないさ」
その後も暫く話し、陽も暮れてきたためお暇する。
「じゃあミクリさん、チャンピオンの件は私からリーグに伝えておきます」
ルネジムから出てミクリさんと向かい合って言えば、彼は頷く。
「あぁ。…本当に、いいんだね?」
彼の最後の確認に、私は笑顔で頷く。
「はい。私はもう、家のことに集中したいんです。…ダイゴさんの傍にいて、彼を支えたいんですよ」
私の中の答えを伝えれば、ミクリさんは"仕方ないな"と言うようにため息を吐いた。
「エリシアは一般市民から、けっこう慕われていたんだけれどね。勿体ない」
「ふふ、今度はミクリさんなので、女性ファンが一気に増えそうですね」
楽しみにしていると伝えれば、彼も笑った。
ボールからチルタリスを出し、カナズミシティまで飛んでもらう。
「じゃあミクリさん、またお会いしましょう」
「ああ、チャンピオン。道中、気を付けて」
手を振ってくれたミクリさんに私を手を振り返し、ルネシティを後にする。
「チルタリス、ちょっとスピード出せる?」
「ちるっ」
太陽の西日を受けながら、目的地まで一直線に飛ぶ。
はやく、ダイゴさんに会いたい。
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