26


すぐにゼロさんはここに辿り着くだろう。
何もご飯を作ってないが、せめてお茶だけはとゼロさんが好きなお茶を入れ、彼がいつも座る場所に置いた。

置いてすぐに玄関のチャイムが鳴り、重くため息を吐いてドアを開けた。

「…っ如月、」

「ぅっ…、ゼロさん、痛い」

「俺に黙ってた罰だ。我慢しろ」

ドアを開けた瞬間にゼロさんに強く抱きしめられ、一瞬何が起こったのかわからなかった。
だが、数秒もすれば状況を把握でき、ゼロさんに文句を言えば跳ね除けられる。

暫くそのままの状態が続いたが、気が済んだのかゼロさんは私を解放し、開いたままだった玄関の鍵を閉め、私の手を引いてリビングへ歩いた。

そして、椅子に座らされて問いただされる。

「いつからだ。昔みたいになったのは」

「…あの人が出所してきたってわかった日からですよ」

自嘲気味に笑って片手を首に添える。

「おかしいでしょ。もう何年も前のことなのに、未だに身体は覚えてるんです。恐怖を刷り込まれでもしたんでしょうか。…ほぼ毎日、あの日の夢を見るんです」

クローゼットを開けられ、上に乗られ、首を絞められる。そうそう体験するものでもないが、私はしてしまった。

一度、短く息を吐いて、真剣に私を見るゼロさんに笑顔を向けた。

「大丈夫ですよ。私がこんなので壊れるとでも?」

「…無理に笑おうとするな気を使うな。もっと俺を頼れ。いいな」

眉間にしわを寄せて静かに言った言葉に、やっぱりかと思った。

「そう言うと思ったから、言いたくなかったんです」

「…どういう意味だ」

頼りたくないのか。と苛ついたように吐き出された言葉に頷いた。

「頼れば、またゼロさんは背負ってしまう。もうその背中は他のことでいっぱいなのに、私なんかのことで迷惑をかけたくないんです。負担をかけたくないんです」

そこまで言って、前々から渡そうと思っていた物をゼロさんの前に出した。

「…なんだこれは」

「この間のホテル代です。私はお借りした覚えはあっても、いただいた覚えはありません。お返しします」

そう言って更にゼロさんの方に少し押し出し、"あと、"と続けた。

「当分の間……いいえ、私の体調が治るまでは、ここには寄らないでください。ご飯が食べたいのであれば、お店までお届けしますから」

よろしくお願いしますね。と最後に笑って言えば、眉間にシワを寄せた顔のまま、"言いたいことはそれだけか"と返されたから頷く。

「さぁ、早く家に…「ふざけるな!」」

席を立って玄関に続くドアを開けようとした瞬間に、我慢ならないと叫んだゼロさんは、本気で苛ついている顔をして私の両肩を掴んだ。

「何故いつも我慢するんだ!何故いつも溜め込むんだ!誰がいつ迷惑だなんて言った!負担だなんて言ったんだ!!」

「ちょ、ゼロさ…っ「見くびるなよ、如月」」

落ち着いて、と言おうとしたが言葉を遮られ、更には睨まれた。
ひい怖い。と思ったが、次にゼロさんの口から出てきた言葉たちに、私は混乱することになる。

「好きな女を守ることぐらい、俺にもできる。俺に如月のことを背負わせたくないだと?笑わせるな。例え今、これ以上背負えないとしても、両腕に抱えてでも俺は如月を背負って守り抜いてみせる」

だから小さなことでも、これからは俺を頼れ。

真剣な顔で一気に言われ、私は頭の処理が追いついていかなかった。
必死に頭を動かしていると、私からの返事が無かったことに不満を感じたらしいゼロさんは、私の肩を掴んでいた右手を離し、音を立てて後ろの壁についた。

あ、これ知ってる。壁ドンってやつだ。


「返事は」

「ハイ」


目の前のことから現実逃避していると返事を強要され、条件反射で頷く。
すると満足したように途端に笑顔になったゼロさんに恐怖を感じた。なにこの人怖い。

ゼロさんってこんな性格だっけ、と考えたが、原作やポアロに通っていた時のことを思い出して、"そういえば短気だったなぁこの人"と心の中でため息をついた。


















あれから幾分か機嫌が戻ったゼロさんは、体調が悪いからと私を席に座らせて自分はキッチンに立った。

「珍しいですね。ゼロさんがキッチンに立つなんて」

「ポアロで毎日のように立ってるだろ」

「あれは仕事じゃないですか」

「だいたい、体調が悪い奴には作らせるわけないだろ」

大人しくそこで待っててくれと言われ、素直に頷いてゼロさんとぽつぽつ会話をしながら大人しく待つ。
暫くすれば胃に優しい料理を出され、ほんの少しずつだけど食べていく。

「どうせ後で吐くだろうけど、胃液だけを出すよりかは胃の負担が少ないだろ。食っとけ」

「…はい」

少し口に入れては水で流し込んでいき、半分は食べた。しかしもう半分は食べられそうになかったため、ラップで蓋をして冷蔵庫にしまった。
明日も仕事だなぁと、明日やる仕事を指折り数えていれば、ゼロさんに合鍵を要求される。

「今日みたいに、ドアを開ける気力もないタイミングで俺が来ることもあるだろ。後そのほかにもいろいろの理由で、合鍵をくれないか」

いろいろの理由ってなんですか。いろいろの理由って。

「…………、どうぞ」

是非とも問いただしたかったが、まぁゼロさんだし変なことには使わないだろうと踏んで何も言わずに鍵を渡した。

「ちゃんとチェーンもかけろよ」

食器の後片付けまで終わらせ、自分はなにも食べることなくゼロさんは帰って行った。

「…嵐みたいな人」

ぽつりと呟き、小さく笑ってから布団へ入った。


なんだか今日は、いい夢が見られそうな気がする。





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