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私の言葉のすぐ後に、男の人の声が部屋に響いた。
その声の持ち主を見れば、その人は、よくポアロに食べに来る常連さんだった。
「…あなたでしたか」
「そう。なんの反応も無いから、寂しかったよ。でも最近、男の人が時々家まで送るよね?恋人?恋人は僕でしょ?」
「あなたと付き合った覚えはありませんが」
そう言った直後に頬をぶたれ、その拍子で携帯が手から離れた。
降谷さんと通話状態だということに気付いたストーカーは、なんだこれはと奇声を浴びせながら通話を切り、携帯を踏み潰す。
もちろん成人男性の体重+圧力に携帯が敵うはずもなく、画面は割れてしまった。中のデータは大丈夫だろうか。
叫ぶこともなく携帯を見つめていると腕を強く引かれ、床に放り投げられた。
私の上にストーカーは跨り、なんということだろうか。私の首に手をかけて締め始めた。私も慌ててストーカーの手を離そうと腕を掴む。
(うっそだろお前)
「美咲ちゃんが悪いんだよ。美咲ちゃんが僕じゃなく、あいつのことを恋人だなんて言ったから…!」
(いや降谷さんが恋人だとは言ってない)
内心反論したところで、肺の中の空気が咳によって空気中に霧散し、視界が霞んできた。
ストーカーは私の様子に目もくれず、自分は寂しかったのだとか一目惚れしたんだとか、支離滅裂なことを口に出していた。
いずれも感想は、「いや知らねーよ」である。
あ、これもう無理と、思考さえもまともに動かなくなってきたとき、急に肺に空気が入り、激しく咳き込んだ。
仰向けから床にうずくまるように態勢を変え、しばらく咳き込む。
タオルを横から出され、無我夢中でそれを掴むと口に当てて咳き込む。誰かが背中をさすり始めてくれた。
しばらくすると咳も落ち着き、よだれと涙を拭いて深呼吸しつつ状況を理解しようと部屋を見回した。
部屋にはストーカーを取り押さえている警官2人と、携帯でどこかに電話している警官1人、それに私の背中をずっとさすっていたのであろう降谷さんがいた。
「咳は落ち着いたか」
声を出す気力もなくて頷くと、よく頑張ったなと頭を撫でられた。
警官服を身に纏っている降谷さんは格好良すぎて直視できなかった。イケメンは何着てもイケメンだ。
ついとストーカーに目を向けると、警官2人に抗う気力が無くなったのか、ぐったりとしていた。
刑務所に入るのだろうか。その方が私としても安心だ。
何年間は、の話になるだろうが。
警官2人は男の腕を片方ずつ持ち、家から連れて出て行った。
もう1人の警官は降谷さんに私の後を頼み、先に出て行った警官たちを追うように家を出た。
私の代わりに家に鍵をかけた降谷さんは私のところまで戻ってきて、立てるかと尋ねる。
「飲み物を飲んだ方が落ち着くだろう。ダイニングへ行こう」
目の前に差し出された手を掴むと、支えるように立ち上がらせられ、ダイニングへ連れていかれた。
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